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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
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第57話 ぼくはユメミ・セイ。ただの『人間』じゃない

「ウェルキエル!!」 

 マリアはくるりと体をターンさせると、驚異的な踏みこみで一気に空中に飛び出していた。まるで足にターボ装置でも取りつけたような速度で、ウェルキエルの(ふところ)にとびこんだ。


「速い!」


 エヴァが思わず叫んだが、マリアの剣はそのときすでにウェルキエルにむかって一太刀ふるっていた。すぐさまウェルキエルが五本の指先を硬化させて、マリアの目の前に鉄格子のように突きあげガードする。


「だから、どうしたぁぁ」

 マリアが横に振り抜いていた剣が、その指先を切り落としていた。先ほどはたった一本の指だけで、情けないほど軽々と打ちすえられたが、今度は五本全部を一気に排除してのけた。五本の棒がバラリと崩れ落ちて行く。

 ガードしていた指先の鉄格子の上半分が落ち、その上の空間がぱっと広がる。


 その隙間から垣間(かいま)見えたのはウェルキエルの驚愕する顔だった。


 いける!。


 気がはやった。

 五本の指を封じた。ヤツにはもう己の身を守るすべがない。

 マリアが横から剣を振り抜いていく。その刃先は驚いた顔のウェルキエルの喉元を叩き斬る軌跡を描いていた。だが、ウェルキエルの口角があがっていた。


 なぜ笑う。


 指の盾は全部切り落とした。生えかわったばかりの右手はまだ機能していない——。


 待て——。

 なぜオレは、この化物の、この悪魔の指を、五本と決めつけた——。


『しまった』と感じた時には遅かった。

 はるかむこうから弾かれてきた、六本目と七本目の指を使った指弾がマリアに撃ち込まれた。剣を正面に構えて盾にしたが、真横からの一発がマリアの肩に突き刺さった。


 マリアの体が横に跳ね飛んだ。

 取り落とした大剣が床に落ち、ガシャーンというけたたましい音を立てる。マリアはあっという間に数メートルも遠くに飛ばされ、まったく受け身もできないまま、ぼろ布のように床に落ちていく。が、セイがぎりぎりのタイミングでそれを救った。マリアのからだが床に激突しそうになる寸前、セイは体を寝そべらせたまま、床に滑り込んでくると、マリアの体を受けとめた。マリアのからだの下でセイの咳き込むような声が一瞬聞こえる。


「マリアさん!」

 壁際からエヴァが駆け寄ってこようとする。

「エヴァ、動かないで!」

 その切迫した声色にエヴァが体の動きをとめる。

「きみはスポルスを守ってて」


 マリアはその一連のやりとりを薄ぼんやりとした気分で眺めていた。くぐもった音。(しゃ)のかかった視界。なにか夢をみているような気がする。

「マリア。大丈夫かい」

 ふいに自分の耳元で声をかけられ、おもわず目をあけた。

 目の前にセイの顔があった。その時はじめて自分が横たわっているセイの胸の上に、うつ伏せの状態で乗っかっているのに気づいた。マリアはあわててからだを起こそうとするが、上半身が持ち上がらない。

「無理をしないで。肩をやられている」

「あぁ……、オレはやられたんだな。あの悪魔に……」

「無茶をするから……」

 マリアはセイの慰めのことばが心に痛く感じた。自分では無茶や無理をしたつもりはなかった。勝てるという自信があったし、それを確信できるだけの力もあった。だが、あの悪魔はまともに相手すらしてなかった。

 マリアは無力感を味わっていた。

 猛獣になすすべもなかった、あの苦い時間とおなじ絶望的な無力感を……。


「なぁ、セイ。あんなヤツに本当に人間は勝てるのか……?」


 漏らすともなく思いがけず、マリアの口から弱音がついてでた。まちがいなく今の自分の本音だ。あわてて否定しようとしたが、マリアはそうするだけの気力すら湧いて出てこないことに気づいた。

 そうか……。オレは……、あいつが、あの悪魔、ウェルキエルがこわい……。


「勝ってみせる!」


 セイが耳元でそう静かに(ささや)いた。その声には(おご)りはなく、静謐(せいひつ)な決意と燃えたぎるような信念が感じられた。

 そのたったひと言で充分だった。

 マリアのなかに植え付けられた恐怖に、打ち勝ってみせるという気持ちが芽生えた。

「どうやるつもりだ……」


 そこまで言ったところで、セイがマリアの襟首(えりくび)を乱暴に(つか)んで、力づくで床に転がした。

「きさま、何を!」

 マリアは数メートルむこうまで転がされ、立ちあがりざま叫んだ。だがその時、セイはウェルキエルの攻撃を四本の太刀で受けてたっているところだった。

 一本は自分のもった剣で正面を。それ以外の三本は上・左・右からの攻撃をそれぞれ、あたかもそこに人がいて、力をふるっているような角度で受けとめていた。


「ほう、よく受けきったな」

 ウェルキエルがセイにむかって、余裕の笑みを浮かべた。

「油断するわけないだろ。卑怯な真似は、悪魔の専売特許だからね」

「ふ、人間の分際で、悪魔を愚弄(ぐろう)するつもりか」

 ウェルキエルが、厳かに、しかも殺意のこもった声で言った。

「人間よ。そのへらず口を叩けないようにしてやろう」


「セイだ!」

 セイが怒り心頭のウェルキエルにむかって言い放った。


「ぼくは、ユメミ・セイ——。

 ただの、人間、じゃない」


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