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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
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第54話 わたしは、そこらの悪魔とは格がちがうぞ

 さきほどまでティゲリヌスだったものは、広間の壁を揺るがすほどの咆哮をあげた。


 セイの目の前に先ほど倒したミノタウロスによく似た姿のモンスターがいた。

 ただ額から大きなツノが2本突き出していること、その体躯(たいく)が人間の三倍ほどあること、左手の指がダラリと床近くまで伸びていることが違っていた。


「我が名はウェルキエル。死ぬ前に頭に刻んでおくのだな」

 ウェルキエルが鋭く尖った歯を見せつけるように、口をことさらに大きく開いてみせた。


「残念だったね、あんたもその前のティゲリヌスの名前も覚えておく必要はないね」

 セイはニヤリと口元に笑みをつくって言った。


「だって、あんた試験にでないもん」


「わたしは、そこらの悪魔とは格がちがうぞ」

 ウェルキエルの五本の指が床から持ちあがったかと思うと、蛇の鎌首のように持ちあがった。とたんに五指それぞれに意思があるかのようにしなり、あらゆる方向からセイに襲いかかってきた。それは全方向から同時に打ち込まれる鞭のようであり、槍のようでもあった。

 セイは頭上に浮かぶ刀のなかから一番右にある刀を引き抜くと、右方向からの一撃を一振りで()ぎ払いにいった。が、そのムチが剣にふれた瞬間、あまりの勢いとパワーに空中にからだを跳ねあげられた。セイのからだが宙に浮きあがる。

 そこを第二波のムチが今度は上からたたき込んでくる。剣をからだの前に立てて、その強烈なしなりを受けとめる。が、からだへの直撃は回避できても、勢いづいたムチの力でそのまま床に叩きつけられた。硬い大理石の床でセイのからだがバウンドする。

 背中をしたたかに打ちつけ、一瞬息がとまりそうになる。


「セイ!」

 スポルスの叫び声が聞こえた。


 ウェルキエルの第三波は、床の上に跳ねあがったセイを逃さない。今度は横からおおきな振幅で振られてきたスピードのあるムチがセイを打擲(ちょうちゃく)しようとする。空中でからだをひねって、そのムチが振り抜いてくる方向へ刀をむける。

 が、間に合わなかった。

 パーンと乾いた音がしてセイの上半身をムチが直撃した。セイのからだは跳ね翔び、そのまま勢いよくごろごろと床を転がっていく。広間を横断するように、なすすべもなく転がっていくセイに、ウェルキエルが狙いをさだめる。

 四本の指の爪の先を槍のように尖らせたかと思うと、一気にセイにむかって撃ちだした。


 それはまさに指弾——。


 正確な照準の指弾が転がるセイのからだを撃ち抜く。

 が、カチーンと音がして、その爪の先が四方に飛び跳ねた。まるで跳弾(ちょうだん)したかのようですらある。

「なにぃ?」

 おもわずウェルキエルの口から、声が漏れた。


 セイは床に倒れたままだった。だがそのすぐ前に三本の刀が並んで床に突き刺さっていた。それはまるで盾のようにも、(おり)の鉄格子のようにも見えた。

「ほう……。そんな使い方ができるとはな」

 感心しているウェルキエルの顔を見ながら、ゆっくりとセイがたちあがると、スポルスが「セイ!」と名前を呼んだ。そこにすこし安堵した様子がみてとれた。

「スポルス、大丈夫だ」


「セイ、逃げましょう。あんな化物相手に勝てるわけがありません」

 スポルスが広間の反対側から大きな声で訴えてきた。セイはそれに答えるべきか迷った。この位置取りでウェルキエルの注意が、スポルスにむけば、助けにいくすべがない。

 セイはふと広間のうえにある天窓のほうに目をやると、ふーっとひと息吐いてから言った。 

「スポルス、大丈夫だ。こいつは倒せる。たいして強かない」

 ウェルキエルのムチの攻撃が二本同時に襲いかかってきた。セイは目の前の刀を引き抜くと、攻撃の軌跡に逆らわず、すーっと刃を滑らせていなすようにしてかわした。

「セイ、ならば、この化物を倒してください」

 続けざまにウェルキエルの指弾が、セイの額めがけて撃ち出される。セイはからだを翻して、それをいとも簡単にはじき飛ばした。


 だが、一撃で倒せるほど弱くもない——。

 

『生きた魂を引きとめておけぬのなら、より悪い結末に導くのもまた我らの使命なのだよ』」

 以前、別のダイブのときに告げられたヤツラのルールを思い出した。もし必要以上にヤツを追い詰めたら、ウェルキエルは躊躇(ちゅうちょ)なく、そちらに舵を切る……。

 自分がやられると覚悟したら、やつはスポルスを狙ってくる。


「わかった。だけど問題はこいつの本当の狙いがきみだってことだ」

「セイ、私はどうなってもかまいません」

「スポルス、そうはいかないんだ。きみに何かあると、ぼくの力はたちまちうしなわれる」

「うしなわれる?」

「あぁ。しかも、きみがもし死んだら、こいつらの目論見(もくろみ)は失敗に終わる。だけどぼくらもきみのなかに宿っている魂を、無傷のままで元の世界に戻せなくなる」

「元の世界?。宿っている魂?……。セイ、あなた、なにを言ってるの?」


 ウェルキエルの瞳がギロリとスポルスのほうをむいた。これだけ(あお)るように言えば、どんなバカでももうひとつの可能性に気づく。

 ウェルキエルの指のムチがひゅんと空気を切り裂いたかと思うと、四本同時にスポルスに襲いかかった。ムチが生き物のように宙を舞い、おおきなしなりを作る。

 セイが大声でスポルスの名を叫んだ。


「スポルスぅぅぅぅ」


 スポルスが「きゃぁぁぁ」という叫び声をあげ、目をつぶって顔をそむけた。


 パーンと乾いた音が広間に響きわたった。

 そこにスポルスの姿は見えなかった。スポルスの目の前に黒く分厚い板が屹立(きつりつ)して、ウェルキエルの攻撃を防いでいた。

 怪訝な目つきでそれを見つめるウェルキエルに、セイが言った。

「——なーんてね」


 ぶ厚い(やいば)の盾のむこうから、マリア・トラップが腹立たしげに言ってきた。


「おい、セイ。また貴様だけ楽しそうなことやってるじゃねぇか」


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