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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
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第52話 神よ、感謝いたします

 マリアはおおきな跳躍を何度か繰り返し、ローマの街並を飛び越えていった。

 空中で黄金宮殿(ドムス・アウレア)のほうに目をはせると、正面玄関の前の大通りに兵隊たちが倒れているのが見えた。すでに半数ほどは立ちあがってはいたが、まだ足元が不確かなのか、よろよろとして危なっかしい。

 すぐにセイの仕業だとマリアにはわかった。

 兵隊たちとがっぷり四つで戦って、時間を無駄にしたくなかったので、正直ほとんどの兵を無力化してくれていたのはありがたかった。マリアは宮殿の玄関口の真ん前に着地すると、ゆっくりと階段を昇っていった。

「おい、貴様、どこへ行く!」

 突然、横のほうから、若い声に(とが)め立てされた。

 マリアが声のほうをふりむくと、壁の影に隠れていた兵隊たちが剣を構えていた。その数、五十人ほど。


「ちっ、伏兵がいたか!」

 マリアはそう吐き出しながら、つい先ほどペテロと交わした約束に思いを馳せた。



「神の子よ。そなたは恐ろしいほどの力を授かったようだが、無辜(むこ)の人間を殺さないでいただきたい」

 ペテロはミノタウロスを倒したマリアに忠告した。

「おことばだが、ペテロ様。オレが殺したのは、動物と化物だけだ。しかも自己防衛の大義もある。まぁ、ちょっと過剰な防衛だがな」

「いや、そうではない。よく見なさい。マリア殿」

 マリアはペテロが指す方向に目をむけた。赤い布を頭を頭にかぶったまま倒れているミノタウロスの死体があった。

「ペテ口様、あれは化物じゃねぇか。オレは……」

 そこでやっと倒れた化物の下敷きになって、絶命している兵士がいることに気づいた。あのとき、脇に飛び退いて命拾いしたはずの兵士が、安っぽい勇気を奮い起こして、とどめでもさそうとしたのかもしれない。

「神の子、マリア殿。ぜひとも気をつけてくれんか。主より(たまわ)りしその力は、あまりに強大だ。そなたの預り知らぬところで、被害を生んでしまうほどに……」

 そう言うなりペテロはくるりと体を(ひるがえ)して歩きはじめた。

 マリアはいろいろ抗弁したい気に駆られたが、その場を離れようとするペテロに声をかけた。

「ペテロ様、あんた、どこに行くつもりだ」

 ペテロは足をとめた。だが、振り返ることもせず、背中越しに言った。

「マリマどのは気にせず友の元へ行かれると良い。私はここに眠る信徒たちを導いてやらねばならない……」


 おのれのやるべきことを、やるべき時にやりなさい——。


 そういう導きをマリアに投げかけているとわかった。そして、それがペテロからの最後の『教え』だとも……。



「異教徒めぇぇぇ……」

 ひときわ大きな(ののし)り声にマリアはハッとして顔をあげた。こちらに詰め寄ってくる兵隊たちのなかから、マリアに浴びせられた言葉だった。


 兵隊たちの中に見知った顔があった。

 先陣をつとめる若い兵士——。

 ローマの大火の廃虚でしたたかに蹴りあげてきたあの兵士だった。その後方の兵団の中には一緒にいた年配の兵士の顔もあった。


 マリアはすばやく胸の前で十字を切った。

「神よ、感謝いたします」

 口元を(いびつ)にゆがませながら、マリアは呟いた。

「ペテロ様。()やめさえしなければ、神もお許しくださるよな」

 マリアが手のひらを上にむけて、手の中に暗雲を呼びだした。


 手の中でひときわ鋭い稲光が走った。


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