第85話 聖、再びダイブにいどむ
「そうはいかないよ。邪魔をするトラウマは倒したんだ。あとは本来ある歴史、ジャンヌ・ダルクが火あぶりされる、という歴史を買えるだけだ。たったそれだけで、あの患者は……リアムさんが命崖で救おうとした患者は救われるんだ」
輝雄がはーっと息をはいて、かがりのほうに目配せした。再ダイブをさせないようにしているのは、かがりの願いだというのが察せられた。
「かがり。ぼくのからだを心配するのはわかる。心配をかけたからね。でもぼくはリアムさんから思いを託されたんだ。やらなくちゃいけない」
「でも聖ちゃん、そんな状態じゃあ……」
「いや、もうからだも精神も大丈夫だ。それに邪魔だてするトラウマはもういない。だからぼくはこのミッションをコンプリートしなきゃならないんだ」
叔父はしばらく説得を試みたが、聖が一歩もひくことはないだろうと観念したらしかった。しぶしぶながら、8日後に再ダイブすることを許可した。
聖はその日まで入院中に落ちた体力を回復すべく、筋トレや有酸素運動を繰り返した。現実世界でのパワーやスキルが、前世の記憶の世界ではそのままパワーや体力に直結することを思いしったからだった。
付け焼き刃であるのはわかっていたが、聖はからだを動かさずにはおれなかった。
8日後——
ダイブの機材を装着して準備している聖に、輝雄が最後の注意をしてきた。
「聖。このダイブがこの患者にとって、最後の機会になる。このダイブに失敗したら、再トライはできない」
「あ、うん。わかってる。ぼくの体力の回復を最優先にしてくれたんだよね」
「ああ。だから許可した。まぁ、かがりもそれで納得してもらった」
聖はダイブエリアにかがりの姿がないことに気づいた。
「かがりは?」
「モニタルームでこっちを見ているよ」
「まだへそを曲げてる?」
「当然だろ。ぎりぎりまで引き延ばしたが、やっぱりこのダイブには反対らしい。まぁ、おまえがダイブしたら、ここに戻ってくるさ」
「あ、うん」
「聖。もう一度確認するが、このダイブが終了したら、この患者の前世の記憶への核が硬化し、道筋は閉ざされる。歴史のループは停止し、患者の魂はジャンヌ・ダルクの時代にとらえられたままになる」
聖はあまりにしつこいので、指をたてて了解の仕草を送ると、顔にマスクをとりつけて、プールのなかにからだを沈めた。
しばらくして、目の前に幾何学模様のような光が走り、頭のうしろから見えない手で脳を鷲掴みされるような感覚がした。




