第82話 かがりの一生忘れられない光景
広瀬かがりはその瞬間のことを一生忘れることはなかった。
聖につながれていたヴァイタル・データ計測器が、一斉に沈黙したその瞬間のことを。
正確には『ピー』という無慈悲な音が一斉に鳴り響いた。
ただ、そこにいたるまで、本来は当たり前に聞こえるはずのけたたましい警告音も、注意を促すための点滅光もなかった。
機器はまるでつながれた聖と一緒に、『死』が突然訪れたような、そんな振舞いをした。
『え、なに……』
混乱のあまり心臓が飛び跳ねる余裕も、足が震える間もなかった。
バーンと荒々しい音をさせて、ダイブルームに医療スタッフが飛び込んできた。
かがりはその激しい音にすら反応できなかった。
目の前で血相をかえたスタッフたちが、聖のからだをプールから引きずりあげ、からだに装着した電極や、ゴーグル、呼吸器を引き剥がしていくのを、ぼーっと見ていた。
「聖……ちゃ……ん」
かがりは声をかけたが、ぱくぱくとした口の動きだけで、それは音にならなかった。
「かがり!」
背後からなげかけられた、父、輝雄のつよい口調の声にかがりはハッとした。
「おとうさん!」
その瞬間、音が戻ってきた。
あたりには室内中に音が充満していた。
機器から発せられる警告音、スタッフたちのあいだで飛び交う指示、粗っぽく扱われる機器がぶつかる音……
「お父さん! 聖ちゃんが! 聖ちゃんが!!」
「かがり、おまえは待機室で待ってなさい。ここは専門家にまかせて!」
「な、なにが起きたの?」
「わからん! さっきからヴァイタルが安定しなかった。だが…… とりあえず医療スタッフが蘇生にあたってる!」
「そ……そ……せいって?」
そのとき室内にストレッチャーが運び込まれてきた。聖のからだはまだ濡れたままだったが、ストレッチャーに横たえられると、すぐさま出口のほうへ運びだされていった。かがりはそれを追いかけようとしたが、父、輝雄に背後から肩をつかまれた。
「かがり、今は専門家にまかせなさい! おまえが行ってもできることはない」
かがりは下唇をかみしめながら父のほうをふりむいた。
「わたしも今は無力だ……」
聖に会えたのはそれから2時間ほど経ってからだった。
かがりは集中治療室の聖をガラス越しに見ることができた。
またおびただしい数の機材につながれた上、今度は点滴までがぶらさがっていた。




