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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
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第51話 未来には想像もつかないものがあるのですね

 セイとスポルスが馬車で黄金宮殿(ドムス・アウレア)に駆けつけた時、先行していたネロとティゲリヌスは神殿の正面階段をのぼっていくところだった。

「セイ、ネロです」

 スポルスが指をさした。

 だがセイは手際よく兵士たちに指示をだしているティゲリヌスのほうに刮目した。正体が悪魔だと知っているだけに、近衛隊長官らしく軍隊を動かしているのが興味深かった。おそらくその身ひとつで、数百人の兵士と同等の戦力があるはずにもかかわらず、いまだ等身大の人間を演じている。

 だが、そのせいで、セイとスポルスが宮殿の入り口にたどり着いたときには、その周りは幾重にも兵が配置され、正面は封鎖されていた。この世界の者は宮殿のなかに入ることは容易ではない。ティゲリヌスの的確な指示に目を見張るばかりだった。

「セイ、これでは中に入れません」

 セイは宮殿を見あげた。

「スポルス、ネロがいるとしたらどこだと思う。」

「まちがいなく黄金の間……、あの階の奥です!」

 スポルスは宮殿の上階を指さして力強く断言した。今度こそ覚悟を揺らがせてなるまいという力強い意志が、声にのっているようだった。だが、その思いが裏目にでた。

 その声高の宣言が入り口の最前線に配置されていた兵士に聞こえてしまった。指揮官らしき人間が、こちらを指さしたかと思うと、物々しい様子で兵隊たちがこちらへ走ってきた。

 兵たちに気づかれないようにひそかに潜入して、ネロの寝首を()くという手だても考えてはいたが、いきなり最初でつまずいた。

「セイ、兵がこちらに……」

 スポルスは自分が迂闊(うかつ)にあげた大声のせいだと気づいて、それ以上のことばを飲み込んだ。

「大丈夫さ」

「どうするつもりです」

 セイは宮殿の二階のバルコニーに目をやると、自分の今いる場所からの距離を目測した。『ちょっと遠いけど何とかなるだろ』

 兵たちの顔だちや装具のディテールが目視できる距離まで兵が近づいていた。面構(つらがま)えと装備だけで彼らが精鋭であることが見てとれる。


「スポルス、ごめん、失礼するよ」


 そう言うなり、スポルスのからだを前から抱え込んで、自分の肩に担ぎ上げた。

「何をするのです。セイ。いくらなんでも無礼ですよ」

 セイの肩から背中の方へ上半身をぶら下げられたスポルスが抗議の声をあげて、足をばたばたとさせた。スポルスのばたつかせた足がセイの胸や腹を打つ。

「スポルス、静かにして。地面に足をくっつけちゃ駄目なんだ」

「セイ、何をするかわかりませんが、これは、この格好はたいへん屈辱です」

 セイは右手でスポルスの足をしっかりと押さえたままその場にしゃがみこんだ。背中に回ったスポルスの手が石量に届きそうになる。

「スポルス。地面を触っちゃだめだ」

 セイの強い剣幕に思わず手をひっこめる。

「なぜです」

 スポルスの苛立った声が背中越しにきこえてくる。セイはあと数メートルにまで迫ったった兵を見すえたまま言った。


「こうだから」


 その瞬間、セイが手を這わせた石畳の表面を稲妻が走った。とたんに今にも剣を降り降ろさんとしていた兵士たちのからだがびくっと跳ねあがったかと思うと、その場にばたばたと倒れていった。

 セイに担がれた状態のままスポルスがおどろきの声をあげた。

「セイ、今なにか地面を……」

「電撃を見舞った。この兵たちはしばらくの間、立ちあがれやしない」

 兵士たちはそこここで体を痙攣(けいれん)させて身動きができずにいる。セイはその姿を見おろしながら、兵士たちのすぐ脇をすたすたと抜けていく。

「セイ、なぜあなたは無事なのですか?」

「あぁ。ぼくはゴム底の靴をはいてるからね」

「ゴム?。なんです。それは?」

「今から1500年後に、コロンブスが発見する電気を通さない素材だよ」

「電気……。電気とはなんです?」

「未来の世界にはかかせない、人類が造りだした『雷』……かな?」

「未来には、わたしたちが想像もつかないものがあるのですね」


 兵士たちが倒れている石畳を抜けると、セイは背中に担ぎ上げていたスポルスのからだを降ろすことにした。

 が、ふいにその手を止めた。

「どうしたのです。セイ?。はやく降ろしてください」

 宮殿の入り口から兵士たちがわらわらと玄関口のほうへ走り出てくるのが見えた。剣や槍を構えた数十人もの兵士が、こちらにむかって体形を整える。

「ごめん、スポルス。ティゲリヌスのヤツ、まだ伏兵を用意していたみたいだ」

「どうするつもりです。またさきほどのような『雷』を使うのですか?」

「いや、このまま先を急ごう」

「でも兵が……」

 セイは背中ごしにスポルスにやさしく声をかけた。

「スポルス、ぼくを信じてくれるかい?」

「セイ、わたくしはもうこんなにも(はずかし)めを受けているのに、いまさらそんなことを確認することになんの意味が……」

 スポルスのその身もふたもない言い方はもっともだった。セイは苦笑してから言った。

「スポルス。目を開いちゃダメだよ」

 セイは肩に担いだスポルスの背中に、手を押し当ててると、今度はまた宮殿のほうにむけて走りだした。

「な、なにを……」

 スポルスの背中のむこうから抗議の声をあげてきたが、セイは有無を言わさずスピードをあげた。

「いいかい。目をつぶって!」

 そう念をおすと、地面を力いっぱい踏みきった。セイの足元に光の煙が舞う。

 槍や剣で身構えた兵士のすぐ目の前で、セイの体が空中に舞いあがった。あっという間に空中を浮遊する。兵士の上を大きな弧を描いて飛び越えていく。その姿を見あげたまま、見送るしかない兵士たちは皆、口をあんぐりとあけ、まぬけ面をさらしていた。

 そのはるか上空を悠々(ゆうゆう)と浮遊して、スポルスを担いだままのセイは二階のバルコニーに降りたった。

 セイがスポルスを肩から降ろすと、スポルスはまだぎゅっと目をつぶったままだった。

「もういいよ」

 セイがそう言うと、スポルスはおおきく目を開くなり声を弾ませた。


「わたし、空を飛んでた!」


「スポルス、目をあけちゃダメだって言ったはずだけど……」

 スポルスは目を輝せながら言った。

「だって、こんな経験はじめてだったから」

「ごめんね。怖かったかい?」


 スポルスは顔いっぱいに笑みを浮かべながら言った。



「いいえ、ちっとも。わたし、セイのこと、信じてたから」

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