第72話 とてつもなくぶ厚い空気の層
「こんな茶番につきあってらンない。次で終わりにするわ」
ハマリエルはゆっくりと腕をもちあげようとした。が、その腕が途中までしかあがらないことに気づいて、ハッとした。
「ちょっとどういう……」
ハマリエルが倒れているセイの奥、ロワール川の岸辺にいるリアムの姿に気づいた。リアムはハマリエルのほうに向けて手をつきだしていた。その姿に彼がなにをしようとしているかに気づいたようだった。
「まさか……」
そのときレ・トゥーレル砦からの煙が、ハマリエルのまわりに流されてきた。煙がなにかにぶつかって押し返されるのがみえた。
分厚い、とてつもなくぶ厚い空気の層——
流されてきた煙は、見えないはずの空気の塊をほんの一時垣間見せた。
そしてその空気の壁はハマリエルの正面の空間以外を完全に取り囲んでいた。
ハマリエルはうんざりしたような目つきで、リアムのほうをみた。
「おっさん。こんなことでなんとかできると思ってンの?」
リアムが叫んだ。
「ああ。元々、おれの力は攻撃向きじゃなくてね。こういう姑息なのにむいてンのさ」
「はん、ーったく、ほんとーに姑息。だから人間はきらい……」
ハマリエルは自分を縛りつけている空気の層をはらおうとした。
が、それが容易ではないことに気づいた。
両側から挟み込んだ空気は、セイが突き刺した剣に絡みついていて、まるで見えない壁のなかに鉄筋でも埋込まれているような形になっていた。
「な、なんなの!」
ハマリエルがたまらず悲鳴めいた声をあげた。
「ちょっと暴れないでくれっかな。これ、けっこう力、使うんだ」
リアムがうめくように言った。
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「きさまぁぁぁぁ」
ハマリエルの怒りの声は、猛獣の咆哮のように聞こえた。
リアムは自分の精神力の限界が近づいていることに気づいていたが、数十メートル前に倒れ込んだまま動かないセイのことのほうが気になった。
あの近距離で攻撃を受けるのは覚悟していたはずだが、5本指での攻撃は想定外だった。
「セイ! 立て! 立ってあいつを討て」
リアムが声をはりあげると、セイの身体が一瞬もぞりと動いた。
それだけだった。
生きてはいるが、動けない——
おそらく先ほど至近距離でくらったキズを修復し、体力回復につとめているのだろう。だが、それだけの精神力がセイに残っているのか、残っていたとしてもどれだけ時間がかかるのか?
リアムは不安にかられた。




