第62話 かならずジャン・ド・メスの未練を果たす
「あら、少年。まだ死んでなかったのね」
ハマリエルは近づいてくるセイの姿を認めると、事務的とも思える硬い口調で言った。
「まあ、いつでも倒せるからいいけど……」
「そうはいかない!」
セイはリアムのかたわらまでくると、語気をつよめて言った。
「ぼくらはおまえを倒して、かならずジャン・ド・メスの未練を果たす」
ハマリエルがぷっと吹きだした。
「すっごーい。自信満々なのね。そこのおじさんはもう心が折れかかってるっていうのに…… あなたひとりでどうやって、その未練を果たすつもりかしら?」
「メスさんの未練は、ジャンヌ・ダルクを救えなかったこと。そして『聖女』と認定されるべきであったのに異端とされてしまったこと…… ぼくがおまえを倒して、その無念の思いを晴らしてみせる」
「ふーーん、くっだらない。人間ってそんなつまらない後悔してるわけ? 相手にするのが嫌になっちゃうわ」
「は、そんなつまらない後悔ごとき変更させまいって、ぼくらの邪魔してるヤツに言われたくないね」
ハマリエルの顔色が変わるのがわかった。
そこにそれまでのあどけない少女の顔はなかった。肌の色は一瞬にして黒ずみ、まるで黒焦げの焼死体のような様相になった。目は光をうしない、肌同様黒くなっていたが、そこからは邪悪さだけを抽出したような、どろっとした澱みが感じ取れた。
リアムは全身総毛立った。
悪魔が降臨した、と確信できる、おぞましいほど純粋な悪辣さがそこにあった。
「セイ、まずい。ハマリエルを怒らせるな!」
「リアムさん、怒らせなくても手加減してもらえるわけじゃない」
「いや、まぁ……」
リアムはことばにつまった。セイの言う通りだった。
いつの間にか悪魔の気配が強まるだけで、自分がそれを怖れている自分がいることに気づいた。気配がどうであろうと、見た目がどうであっても、相手は悪魔、しかも黄道十二宮のハマリエルなのだ。
爪の垢ほどの慈悲など持ち合わせてなどいないのだ。
「戦いましょう! リアムさん。どうすれば、あいつを倒せますか?」
セイのことばは自信と確信にみちていた。
だが、リアムの口からは絶望のことばしか出てきそうになかった。
倒せない—— 倒せっこない——
ハマリエルはものすごい勢いで姿を変えていっていた。
爬虫類のようなスキンになったかと思えば、羽毛で覆われ、石のようなマテリアルをまとった。さらに蛾のような不気味な紋様が浮かびあがったかと思うと、芋虫のようなぶよぶよとした身体に変貌した。
まるで自分の本物のからだがどんなだったか忘れてしまい、ありったけの可能性を試行錯誤して探しているようでもあった。
だが、どの姿も、どの瞬間も、おぞましく、悪意や残酷さは微塵も消えなかった。




