第57話 セイ……しっかり……して……
『セイ…… しっかり……して……』
ふいに意識がくっきりと色を帯びた。
あたりの音や声がはっきりとした輪郭をもって、一斉に耳に押し寄せてくる。
「セイ、しっかりしてください!」
自分のからだを揺らしていたのは、ジル・ド・レだった。
「ああ、ジル様。ジャンヌは……ジャンヌはどうなりました?」
「セイ、心配しないで。きみがかばってくれたおかげで、軽傷ですんだ。大丈夫だ」
セイははぁーっとおおきく息を吐きだした。
安堵の思いが込み上げてきた。が、同時に不安と恐怖に襲われた。
「ジル様、あいつは? ハマリエルは?」
ジル・ド・レはセイの背中を軽く叩きながら「アランソン公……」と言いかけて、言い直した。
「いや、きみの世界からの仲間、リアムか。彼が戦っている」
「リアムが!」
セイはジル・ド・レが指し示すほうへ目をむけた。
すっかりと暗くなったロワール川の水上で、なにかが戦っているのがみえた。オルレアンの街からの灯影に照らしだされる水柱。
と、突然レ・トゥーレル砦のレンガが崩れ落ちた。
砦の外壁になにかが叩きつけられたのがわかった。
舞いあがった埃のなかから、ガラガラと音をたてながら姿を現わす。
ハマリエルだった。
ハマリエルは中空に体躯を浮かべながら、からだについた砦のレンガ屑をはたきながら言った。
「空気の力…… 恵まれた力をお持ちのようね」
ハマリエルの目線の先にリアムがいた。
「リアムさんっ!」
リアムは一瞬だけセイのほうへ目を走らせたが、すぐにハマリエルのほうへ向き直った。その一瞬の視線だけでセイには、こちらにかまうなというサインを読み取った。
ダメージ修復に集中しろ——
リアムの視線はそう言っていた。
まだぼんやりとしている意識をはっきりさせようと、セイは頭を横にかるくふると、目をつぶって自分がおった傷に意識を集中した。
精神の糸で傷口を縫う、というイメージでは間に合わないと直感した。セイは精神の接着剤で傷口をおおって、パッチをあててふさぐイメージを思い描いた。
精神力のすべてがその部位に注がれていく。が、簡単ではなかった、
傷は想像以上に深く、おおきかった。
『くそぅ、ふさがりきるイメージがつかめない』
セイの耳にはリアムとハマリエルが死闘を繰り広げている音が、爆発音や破壊音、人々の声となって聞こえてきていたが、今は自分のことだけで精いっぱいだった。




