第42話 神への感謝はもうすこし待ったほうがいい
やっぱり遠隔で倒せる相手じゃないか……
セイは背後を振り向き、ジャンヌのほうへ目配せすると、残った騎士たちを倒すために走りだそうとした。
が、一歩ふみだしたところで、騎士たちが地面にうつ伏せで倒れるのが見えた。倒れるというよりも、上から見えない強大な力で押さえつけられているという印象だ。
騎士たちは地面に伏せたまま、手足をバタバタさせてもがいていた。立ち上がるどころか這いつくばって前に進むことも、姿勢を変えることさえもできないようだった。
セイはレ・トゥーレル要塞の屋上をみあげた。
リアムがこちらを見ていた。彼は砦の『鋸壁』の凹部の『矢狭間』から、こちらに身を乗り出すと、これみよがしに親指をたててみせた。
空気で押さえつけてる?
「ジャンヌ、チャンスだ。あの黒騎士たちは身動きがとれない。今なら倒せるよ!」
セイが背後に視線をむけることもなく叫ぶと、ジャンヌはすぐに呼応した。
「ラ・イール、ジル・ド・レ、ル・バタール、ジャン・ド・メス。いえ、だれでも結構です。今すぐあの黒騎士どもを討ってください!」
ジャンヌの勢いのある指示は、超常の力に気をのまれていたフランス兵をふたたび勇気づけるのに充分だった。
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
地鳴りのような雄叫びがあたりに轟いた。兵士たちの声に反応して、オルレアンの街からは市民たちの応援の喊声があがった。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
ロアール川の川岸をラ・イールたちが怒濤の勢いで駆けぬけ、地面やロワール川の岸辺に這いつくばった黒騎士たちにとどめをさしていく。
セイはその様子を馬上から見ているジャンヌのそばに行くと、馬のたずなに手をかけながら言った。
「ぼく以外の未来人が助けにきてくれたおかげで、なんとかなりそうです」
「神の子、セイ。美しき公爵……いえ、あの方も神の使いなのですか?」
「ええ、たぶん」
「そうですか……」
ジャンヌは五指を組むと、空をみあげた。
「主よ。わたしへの過分なご加護を心の底から感謝します」
「ジャンヌ。神への感謝はもうすこし待ったほうがいい」
セイは橋梁の袂を見つめながら言った。
そこにこの要塞の指揮官だったグラスデールが立っていた。
いや、すでにグラスデールだったものでしかなかった。
いつのまにか体長は二メートルをゆうに超えた人間離れした体躯となり、グラスデールだった面影はすでにない。口は裂け、鋭い牙を剥き出しにし、猛獣にしかみえない顔、からだは筋肉の塊のように膨れ上がり、腕は四本も生えている。そしてその四本の腕には四本の剣。
「クラシダ! セイ、あれはクラシダなのですか?」
「ああ、ジャンヌ。あれが元グラスデールなのは間違いない……」
「でもあれは元人間だったかどうかも怪しい」




