第36話 歴史通りに終わられては困るのだよ
「グ、グラスデール様、オルレアン市民がこちらに押し寄せてきています」
「市民が? なにを怖れることがある」
「いや、それが……」
だがグラスデールは橋を埋め尽くす人々に恐怖した。まるで民衆の海がうなりをあげて、こちらを飲みこもうとしているようだった。
「砦を守らねば」
グラスデールはちいさな橋をわたって避難しようとした。
その姿をジャンヌ・ダルクは見逃さなかった。
「クラシダ! もう降伏なさい」
「この淫売! きさま、いったいなにをした!」
「またそのような穢らわしいことばを。わたしは神の御心に従っただけです」
「神だとぉ。神はいつだってイングランドの味方だ」
「神があなたを許すようにと、わたしに語りかけてきます。ですから降伏をしてください」
「負けたわけではない!」
ドカン!
その瞬間、グラスデールたちがいた橋にフランス軍が放った石弾が命中した。あっという間に橋が粉砕した。
「う、うわわわわ」
グラスデールは崩れる橋に必死にしがみつこうとしたが、ほかの兵士たち同様、それはかなわなかった。イングランド兵は指揮官と一緒に、一斉にロワール川に投げ出された。
頭のてっぺんから重たい鎧で完全武装していたイングランド兵は、必死で水をかいて浮かびあがろうとしたが、水面を数回ビチャビチャと叩いただけで沈んでいった。
「おお、クラシダ。あなたの魂を深く憐れみます」
ジャンヌはだれもいない橋の残骸にむかって叫んだ。
「クラシダ、クラシダ。天上の王に降参しなさい。あなたはわたしを淫売呼ばわりしました。ですが、あなたの霊魂とあなたの部下の霊魂を、おおいに憐れんでさしあげます」
ジャンヌは泣いていた。
「ジャンヌ、これは戦争なんだ。しかたがないよ」
「彼らに告解のチャンスを与えられなかったのが残念なのです」
そのときロワール川の水面がぐぐっと持ち上がるのが見えた。
『なに?』
やがてそれは水の柱のようにおおきく膨れ上がったかと思うと、そのなかになにかが立っているのが見えた。
それはグラスデール、そしてその部下たちだった。
「ど、どういうこったい」
ラ・イールがびっくりして声をあげると、ジル・ド・レも声を震わせる。
「な、なんで水の上に浮いているんだ」
『歴史通りに終わられては困るのだよ』
グラスデールが人間のものとは思えない声で言った。まるで変成器でも使っているような不自然きわまりない、そして邪悪な声。からだに邪気をまとい、それがまるでどす黒い経帷子を身にまとっているように見えた。
「黒い騎士……」
ジャンヌが目をみはった。
「しゃべった……だと……」
ル・バタールが呆然としたまま呟いた。
「みんなさがってくれるかな」
セイはみんなを制止するように、手を横につきだして言った、
「こいつは……」
「神の子案件だ」




