第35話 フランス軍、反攻!
「神がお命じになるからです、セイ」
「神が……って…… そんな神なんてくそったれだ」
「セイ、神の使いがそんな汚いことばを使ってはなりません」
「そうだぞ、セイ殿。オレたちゃ、神の軍隊だからな。ことば遣いも気をつけねぇとな」
ラ・イールがいたずらっぽい顔で言った。
早朝から続いた戦いは日が暮れてきても決着がつかなかった。
この時期の夜は20時になってもまだ明るかったが、ル・バタールはさすがにここが潮時と思った。
「ジャンヌ。そろそろ潮時だ。全軍の士気もさすがに落ち込んでる。部隊を城内に引きあえる命令をだすよ」
「わかりました。しばらく休んで飲んだり食べたりしましょう。ル・バタール、その前にすこしだけ時間をください」
「なにを?」
「お祈りを捧げるのです」
そう言ってぶどう畑のなかに分け入っていった。それを見送りながら、セイとル・バタールは思わず顔を見合わせた。
だが、この戦いは、またもやジャンヌ・ダルクの暴走によって急転直下終結をむかえる。
それはまるでできのわるい喜劇のような展開だった。
ジャンヌがぶどう畑でお祈りをしていたとき、王太子直々にジャンヌの護衛を任されていたジャン・ドーロンが、従士に軍旗をもたせてレ・トゥレール要塞に近づいていった。この旗が城壁の近くにあれば、士気もあがるのではないか、という心積もりだったらしい。
だが祈りを終えたジャンヌは、自分の旗が盗まれたと思い、あわてて旗のほうへ駆けつけると、従士から旗を奪いとろうとした。が、従士はそれを拒み、ふたりで奪い合いになった。
撤退をはじめた兵たちは、突然、レ・トゥレール要塞に突撃していき、そのたもとで旗をふるジャンヌの姿をみて、突撃の合図だと勘違いした。
撤退していくフランス軍を眼下に見おろしていたイングランド軍は、完全に虚をつかれた形になった。この状態で反撃してくるなどとは夢にも思わなかったにちがいない。
息も絶え絶えだったはずのフランス軍の猛攻がはじまった。
フランス軍はそれまでの苦戦が嘘のように攻撃が奏功した。兵たちは猛烈な勢いで塁道に襲いかかった。まるで階段でものぼるように塁道をのぼった。
それをロワール川の対岸から見ていたオルレアンの市民は、もうじっとしていられなかった。彼らは門をひらくと、わっと橋に押し寄せた。橋の上に群衆があふれ出た。
「な、なにが起きている」
グラスデールがオルレアン側からわきあがった歓声に声をあらげた。




