第30話 サン=ルー砦の戦い
それはセイが想像していたものとは、まるっきりちがっていた。
あまりにも無作為、場当たり的、成り行き任せ、な戦い方だった。
作戦会議が終わったあと、各人は休息をとるためいっとき別々にわかれた。が、部屋で休んでいたジャンヌは奇声をあげながら飛び起きた。
「なんてこと! なんてこと!」
ジャンヌの憤った声が部屋から聞こえた。
「ジャンヌ、どうしたんだい」
セイは扉越しに声をかけると、ジャンヌが苛立ちをこちらにむけてきた。
「セイ、あのひとたちって、血も涙もないの。フランス人の血が流れたことを、わたしに言わないつもりだったのよ!」
「どういうことだい?」
「ル・バタールたちが、わたしに内緒でイングランド軍に攻撃をしかけたのよ」
「攻撃を?」
「ええ。今、神がわたしにそう告げてきたのです。わたしは戦場にむかわねばなりません。セイ、わたしが甲冑を身につけているあいだに、馬を二頭、用意をしてちょうだい! あなたにもきてもらいます。」
有無を言わせない強い口調だった。
セイが戸口に馬をひいてくると、「セイ、旗を掲げて!」と言いつけてから、馬をブルーニュ門のほうへむけて走らせた。セイはあわてて馬に飛び乗ると、そのあとを追う。
サン=ルー砦
ジャンヌはオルレアンの東、古いローマ街道沿いに築かれていた『サン=ルー砦』にむかっていた。おそろしいほど迷いなく、馬を駆けていく。
しばらくすると、フランス人の負傷兵がひきあげてくるのが見えた。砦に近づいていくにつれ、その数は増えていく。ジャンヌが言ったように、抜け駆けされて戦闘がはじまったのは間違いないようだった。
「ひくな! 戻って戦いなさい! みなには神がついています! さあ、わたしとともに勝利を!」
馬を駆りながら、ジャンヌが叫んだ。
負傷兵たちは立っているのもままならなかったが、乙女の猛る姿を目にして、自分たちを鼓舞する神の声を聞いて奮い立った。踵を返してからだを引きずるようにして、ジャンヌのあとを追う。
ジャンヌがサン=ルー砦に到着すると、その興奮は頂点に達した。
うぉぉぉぉぉぉ
地鳴りのような雄叫びがあがる。
それだけで充分だった。
撤退しかけていた兵士たちは、まるでひとりひとりが猛将のように猛った。
サン=ルー砦はあっと言う間に陥落した。
重要性が高い砦ではなかったが、最初の軍事行動で、ジャンヌにとっての初めての勝利だった。フランス軍兵士たちは、ささやかな勝利にわきたっていた。
だが、ジャンヌ・ダルクは死体が転がる砦のなかを、さまように歩きながら泣いていた。
「ジャンヌ……」
「神の子、セイ。おおくの兵士が命を落としました」
「怖くなった?」
「ええ…… ですがそれは覚悟をしております。わたしは彼らの死に同情して、嘆き悲しんでいるのではありません。彼らに告解をする時間がなかっったことに涙しているのです」
「告解?」
「だって、そうでしょう。セイ。聖職者に自分の罪を懺悔して許しを受けることなく、命を落としたのですよ。彼らは天国の門をくぐる資格がないのです」
ジャンヌの目からふたたび、なみだがこぼれ落ちた。




