第28話 フランスは一人の女に滅ぼされ、一人の少女に救われる
「未来? ああ、そうだったね。でもそれは本当に本当なのかい?」
「まぁね。すくなくともジャンヌは信じてくれたよ。神の子って呼ばれるのは、ちょっと困っちゃうんだけどね」
「未来から……未来からか……」
ジル・ド・レはなかばうわの空で、セイのことばを反芻していたが、得心したのかセイのほうへ真摯な目をむけて言った。
「『フランスは一人の女によって滅ぼされ、ロレーヌから現われし一人の少女によって救われる』……。いつごろからだろうか、こんな預言が人々のあいだで語られるようになったんだ」
ジルは汗を拭うように、額に手をあてて続けた。
「すでに半分は現実となった。王太子の母イザボー妃によってね」
「なにがあったんです?」
「イングランド王、ヘンリー五世と自分の娘を政略結婚させたんだ。そして王太子シャルルがいないところで、夫シャルル六世の死後、イングランドとフランス両国は統合される、ということを勝手に取り決めたんだ」
「王妃が自分の国を売ったんですか?」
「ああ。だがヘンリー五世が30歳なかばで病死したせいで、それは実現しなかった。ふたつの王位を継承したヘンリー六世はまだ赤ん坊だ。だからフランスの正統な王位継承者であるシャルル七世は、王位の継承を宣言した。だけど……すでにこんなにも追い詰められている……」
ジルはあたりをとりまいている群衆をみまわした。ジャンヌにつきまとう民衆。家の窓という窓からつきだしている顔。ひきもきらず湧きあがってくる歓声。
「もう半分の預言も叶ってほしい、という切なる願いが、この熱狂を生んでいるだよ」
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ジャンヌはオルレアンに入城し終えるやいなや、戦争を仕掛けようとしたが、ル・バタールの協力が得られず、なにもできないことに苛立っていた。
ル・バタールは合流予定の援軍の到着を待って、攻撃をしかけると宣言していたが、その間、ただ街中に閉じこめられていることにジャンヌは耐えられなかった。
オルレアンの市民はなんとしても、彼女の姿を拝もうと、彼女の宿舎にあてられた屋敷の扉を打ち破りかねない勢いで集まってきたし、彼女がどこかに行こうとすると、行く先の沿道には市民があふれ、通り抜けるのがやっとという窮屈さだった。
責任者であるル・バタールが援軍を出迎えにいってたため、彼の留守中に勝手な行動にでることもできず、ジャンヌの不満はたまるばかりだった。
いてもたってもいられなくなったジャンヌは、夜な夜なイングランド軍の要塞や防塁が見える城壁までいって、敵に投降を呼びかけた。
いたしかなくセイもジル・ド・レもラ・イールもそれに加わったが、相手が説得に応じるはずもなく、ただ無為に時間を費やしているだけだった。




