第26話 ジャンヌ、奇跡を起こす
「ル・バタール将軍、ここにおられるラ・ピュセルがわれらに勝利をもたらすと言っているのですよ。オルレアン軍の司令官がそんな態度でどうするのです!」
ジャンヌの思いを代弁するように、ジル・ド・レがル・バタールに詰め寄った。
「レ元帥。わたしも彼女の到着を心待ちにしていました。だが今、わたしがなすべきことは、あなたがたが運んできた糧秣を城内に運び込むことです」
「ではすぐに運び込んで、イングランド軍を攻撃しましょう」
「ジャンヌ、それができずに困っているのだ。あれを見てくれ」
ル・バタールがロワール川のほうを指し示した。そこには数隻の小舟が浮かんでいるのがみえた。
「このロワール川は波の勢いが強いから舵とりが難しい。南西から風が吹いてほしいのに、ここ数日、逆側の東側からしか吹いてくれないのだ。強行して渡河しようとすれば、荷物と兵を満載したまま、イングランド軍のど真ん中に流されてしまう」
「わかりました」
ジャンヌは覚悟のこもった口調でそういうと、馬を降りてロワール川の川岸のほうへ歩いていった。
「ジャンヌ、なにをするつもりです?」
ジル・ド・レが声をかけると、ジャンヌはその場にひざまづき祈りはじめた。
「ちょっと待ってくれないか、ジャンヌ。そんなことをしてもこのいまいましい風は……」
ル・バタールはうんざりとした口調で言ったが、ふいにそのことばが止まった。
いつのまにかジャンヌの三角旗が反対方向へはためきはじめていた。
「な、なんだってぇ……」
ル・バタールが唖然とした表情で声を漏らした。
「風も神のご意志にしたがってくれるようです。さあ、食料を積み込んでください」
皆の元へ戻ってきながら、ジャンヌは兵たちに命令をくだした。
「こ、これは奇跡なのか……」
ジャンヌの顔を見つめたまま、ル・バタールが尋ねると、ジャンヌはにっこりと笑った。
「あら、奇跡とはこんなものではありませんわ」
「うわははははははは……」
ル・バタールの背中を、大笑いしながらラ・イールが荒々しく叩いた。
「ル・バタール。そういうこった」
ジャンヌがセイの元へゆっくりと歩いてきた。
「どうしたのかい、ジャンヌ?」
「感謝します。神の子、セイ。あなたがそばにいるおかげで、神の声がよく聞こえます」
正面きってそう言われて、セイはとまどいながらも、わるい気はしなかった。
「ジャンヌ。それは関係ないよ。ぼくはなにもしてない」
「ぼくがきみの役にたつのは、戦いがはじまってからさ」




