第23話 ブロアからオルレアンへ
出発の朝——
部隊はいたるとろで混乱がおきていた。それは静粛と喧騒がその場に同時に存在する、とても不思議な光景だった。
そしてそれはすべてジャンヌ・ダルクの命令が原因だった。
彼女はロワール川に沿った道路に、野天の祭壇をしつらえさせると、兵士たちに告解することを求めた。
まっさきに彼女自身が告解をおこない、聖体を拝領すると、兵士たちもなにかに憑かれたかのように、それに従った。だらしない身なりをただし、告解の列に加わった。王太子の命で、ジャンヌと一緒にシノンから帯同したランス大司教、ルノー・ド・シャトルや告解師ジャン・バスクレルも、各部隊付の修道士にまじって、その任をつとめていた。
いかがわしい荒くれ者たちが、まるで聖者のように変わっていくのを見て、セイはおどろきを隠せなかった。兵士たちの顔は善意にあふれ、希望に満ちて見えた。だれもがジャンヌとおなじように若く、子供のような純粋さを取り戻したかのようだった。
喧騒はその外側のほうでおきていた。
「なんであたいらたちが戦場についていっちゃあなんないだい」
娼婦らしき女性が仲のいい兵士たちに、不満をぶつけているのが聞こえた。
「すまねぇな。聖女様のご命令なんだ。ま、帰ってきたら相手してやるからよ」
「あのお嬢ちゃんの命令?」
「ああ、そうさね。不浄な者を連れて行くってーのは、神のご意志にそむくそうだってよ」
「あのくそアマぁ」
「おい、おい。そういう呪いごとや神を冒涜することばも禁止だ。乙女」に怒られちまう」
「ああ、指揮官だろうと、おれたち下っ端だろうとお構いなしだぜ」
「いったいぜんたい、あんたら、どうしちまったんだい?」
ジャンヌを肯定している兵士たちの様子に、その女性は困惑しきっていた。
一番年配らしき兵士が、うれしそうに顔をゆるめて言った。
「わるいな。オレたちゃ、神の軍隊に選ばれたんだ」
蒼穹にジャンヌ自身がデザインした三角形の旗がひらめいた。
旗を片手に白馬にまたがり、凛として先頭に立つジャンヌ・ダルク。
そのまわりを固めているのは、先ほどまで兵士たちの告解につきあっていた僧侶たち。ずいぶん疲れた顔で部隊の先頭に集められている。
「ランス大司教様、それではお願いします」
ジャンヌがそう声をはると、ランス大司教の合図で僧侶たちが歌いはじめた。
セイにはそれがなんの曲かはわからなかったが、神へむけられたものであることだけはわかった。
来たりたまえ、創造主なる聖霊よ(ヴェニ・クレアトール・スピリトゥス 、Veni Creator Spiritus)……
聖なる歌声を道しるべのようにして、ジャンヌの軍隊がおごそかに進みはじめた。だれひとりとして、おしゃべりをする者はいない。みな神の軍隊の一員としてふさわしくあらんと、胸をはり顎をひいて堂々とした姿勢で進んでいく。
だがその表情はかたい。
ブロアからオルレアンへは三日間——
4月27日、400人から500人ほどの軍勢を率いてジャンヌ・ダルクの軍隊は行軍を開始した。だがそれは隊を見送る女性たちからは、宗教的な行列にしか見えなかったにちがいない。




