第16話 ブーサック元帥ジャン・ド・ブロス
「そなたが噂の乙女か。王太子様も余興がすぎるというものだ」
「わたしはシャルル王太子様から、司令官を拝命しました乙女ジャンヌ・ダルク……」
「聞いておるわ。わしはこのブロワ軍の指揮官、ブーサック元帥ジャン・ド・ブロス(48歳)じゃ。王太子様のご命令じゃから、隊に加えるが、せめて邪魔をしないでもらいたい」
「それはどういうことです?」
「われわれはだれもそなたの戯言を聞かぬし、一緒に戦おうとも思っておらん。ここに集っているのは、貴族ばかりで、しかも歴戦の猛者ばかり。一度も剣をふるったことのないようなお嬢ちゃんと、まともに話をすることなど片腹痛いわ」
指揮官ブロスのことばに勢いづいて、まわりの司令官らしきひとびとが、ジャンヌに侮蔑のことばを投げつけてきた。
「ああ、ブーサック元帥の言う通り。小娘が率いる軍隊など連れていては、いい面の皮。イングランド軍になにを言われるやら」
「軍人の世界は階級と武勲こそすべて。なんの働きもしておらぬ小娘など、うしろのほうで旗振りでもしてればいい」
「しかも出自は貴族どころか、農家の娘などというではないか。いますぐ戻って、腰の剣の代わりに鍬に持ち変えたほうがいい」
そこにいる十人ほどの連中が、そろって笑った。
セイはメスのほうを仰ぎ見た。彼は怒りに身を震わせていた。今にもなにかしでかしそうなメスを、年上のブーランジイが肩に手をそえて抑えている。
「みなさまはさぞやおおくの戦いに参加され、武勲をたてたのでしょうね……」
ジャンヌは指揮官たちを正面から見すえたまま言った。
「わが祖国フランスの半分の領土をイングランドに奪われ、今まさにオルレアンを陥落されれば、全土を明け渡すことになるほどの武勲を!」
ジャンヌの力強いそのことばは、そこにいる指揮官たちをたちまちに黙りこませた。
ジャン・ド・ブロスは怒りに顔を真っ赤にしていたが、なにも言い返せずにいた。あたりの空気は緊張感に張りつめている。そのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、あたりで騒ぎ立てていた兵士たちも口をつぐんで、ことの成り行きを見守っていた。
「ですが、それはあなたがたの責任ではありません」
ジャンヌがくぃっと顎をあげて言った。
「あなたがたには、神のご加護が足りなかっただけです」
ジャンヌはゆっくりとあたりの兵士たちにも視線をくばりながら続けた。
「しかし今、皆様には、主より使命が与えられたのです。これよりの戦いは、主のご加護がわたしたちに味方をしてくれます。負けることなど微塵も考えることはないのです。わたしたちは神に選ばれし軍隊なのですから」
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!




