第12話 1429年 フランス占領の危機
1429年4月、オルレアンは深刻な危機を迎えていた。
領主であるオルレアン侯シャルルはイングランド軍の捕虜となり、代わりに異母弟ジャン・ル・バタールが、異母兄の町を守っていたが、すでに万策が尽きていた。
すでに何度も手痛い敗戦を経験し、オルレアンは孤立無援状態となっており、一ヶ所をのぞいて出口はすべて塞がれ、前年の秋以来、半年もの長期にわたってイギリス軍に包囲されている。
ル・バタール自身もイギリス軍の補給部隊にしかけたものの、弩の矢を受け負傷し、まだ充分に回復していなかった。
長びく篭城で飢餓に苦しむオルレアンの市民は、敵側のブルゴーニュ侯フィリップ(善良公)の騎士道精神にすがろうと使者を送ろうと画策した。
この市民の動きはル・バタールに、おのれの無力感と屈辱を与えた。
フランス王シャルル六世の妻イザボーとともに、フランス王位をイングランド王 ヘンリー五世にゆずる密約を結んだブルゴーニュ侯フィリップへ、慈悲を請わねばならないほど、アルマニャック派は追い詰められていた。
ヘンリー五世とシャルル六世の相次ぐ急逝により、その王位は赤子であるヘンリー六世が継承することになったものの、1424年のヴェルヌイユの戦いで大敗したフランス軍は、フランスの北半分をイングランド王とブルゴーニュ侯に乗っ取られてしまっていた。
1420年ごろのフランスの状況
オルレアンの町はその北半分のイングランド・ブルゴーニュ領と南半分のフランス領の境界線にある町だった。この町はフランスを横断するように流れるロワール川の最北端にあり、橋のような役割を担っていた。それはこの町によって二つのフランス、つまり北と南のフランスが結ばれている橋なのだった。
そしてこの橋が落ちるということは、フランス全土がすべてイングランドの領土になってしまうということを示していた。
「ジャン! ベルトラン、頼みがあります」
ノックの音がして、ドアのむこうからジャンヌの声が聞こえてきた。
ベルトラン・ブーランジイがドアを開けると、ジャンヌが決意に満ちた顔つきで立っていた。
「ジャン・エロー殿を呼んできていただけますか?」
「エロー殿を? なにをなさるのです、ジャンヌ」
「イングランドの指揮官に手紙を書きます。エロー殿に代筆をお願いしたいのです」
「敵に代筆を?」
ブーランジイが頭のてっぺんから出るような声をあげた。




