第10話 男として戦場へむかうジャンヌには必要のないもの
セイはジャンヌに招かれるまま、ル・クードレ城の最上階にあるジャンヌの部屋にはいった。なにもない簡素な部屋で、いくら短期間の逗留とはいえ、女性らしさが微塵も感じられないのに驚いた。ジャンヌは部屋に入るなり、迷いもなくベッドにむかい、その下から女物の服をひっぱりだした。
そしてそれを力まかせに引き破ると、その端切れで煤けたセイの顔をふきはじめた。
「ダルクさん。その服……」
「気にする必要はありません。神の子、セイ、わたしにはもう必要がないものです」
「必要ない?」
「これはドムレミ村でジャネットと呼ばれていた娘の服…… 男として戦場へむかうジャンヌにはもう必要ありませんわ」
そう無邪気に言いながら、ジャンヌがセイの顔を丁寧にぬぐっていく。
心から嬉しそうにしているジャンヌの無垢な表情に、セイは胸が高鳴った。
「それからセイ…… わたしのことは、ジャンヌと呼んでくださいな」
ジャンヌは鼻がくっつきそうなほど顔を近づけてきて言った。
どぎまぎする。
「ああ……了解」
セイはぎこちなくことばを返すのが、精いっぱいだった。
「神はなぜあなたをここへお使わしになったのですか?」
セイの顔の汚れを拭い終わると、ジャンヌが訊いた。
純粋そのものの目でこちらに問いかけてくるジャンヌの表情に、セイは引き込まれそうになりながら答えた。
「もちろん、きみを救うために」
ジャンヌがにっこり笑った。
「あなたの声、わたしに聞こえる神様の声にそっくり。美しく清らかで……まるでボワ・シャトーのせせらぎのよう……」
「あーー、そう……ですか?」
セイが返答に困っていると、ジャンヌがおおきく瞳を見開いて、セイの瞳を覗き込んだ。
「先ほどの力…… セイ、あなたはほんとうに神の子なのですね」
「それだけの力がなければ、ここではあなたを救うことはできないからね」
「救う? 救うってどういうことです? わたしはもう充分救われているのに……」
「ジャンヌには神の御声が聞こえるのだ。われわれはその声に導かれてヴォークリュールからここまできた。われわれには……」
「ジャン! あなたはご自分のこと以外には、ずいぶん饒舌になるのですね」
得意満面に語りはじめたジャン・ド・メスをジャンヌがたしなめると、たちまちメスは口をつぐんだ。ベルトランがメスの肩をたたいて、無言で元気づける。
「さあ、神への祈りの時間です。ひとりにしてもらえますか?」
ジャンヌの指はすでに五指を組んでいる。
「それが終わったら指揮官たちに挨拶に行きましょう」




