第44話 マリアは死を覚悟した——
マリアは死を覚悟した——。
しょせん、なんの力ももたない女子高校生の分際で、猛獣から逃げおおせようと考えたこと自体が浅はかなのだ。自分たちの上からのしかかるように飛びかかってきた大きな影が天を覆う。
その瞬間、エヴァがつないでいた手を振り払って、自分の前に飛びだした。
エヴァ……。どういうつもりだ!!!。
エヴァが両手を前に突き出そうとしていた。その手にはいつのまにか小太刀が握られていた。いざというときのために隠し持っていたものだろうか。だが、牙をむくライオンに立ち向かうには、その刀はあまりにも小さく、ひ弱い。
あまりにも無謀な賭け——。
マリアは叫んでいた。
「エヴァぁぁぁぁ。やめろぉぉぉぉ」
マリアはエヴァのからだを突き飛ばそうと、反射的に手を前に突き出した。
だが、間にあわなかった。マリアの手はエヴァのからだには届かなかった。
エヴァは小太刀をライオンにむかって突き出した。が、おおきく開いたライオンの牙にカチンと音をたてて、小太刀がはね飛ばされた。エヴァがその反動で地面に尻餅をついた。そこにエヴァの頭くらいならひと呑みにしそうなほど口をひらいた、ライオンが襲いかかった。
ボンッとくぐもった音がした。
鈍い破裂音。
次の瞬間、ライオンの頭が吹き飛んだ。
まるでその場で、馬鹿でかいスイカでも砕け散ったかのようだった。血肉や脳漿が飛び散り、座り込んでいたエヴァの顔やからだにふりかかった。
びちゃ、びちゃという、気色のわるい生々しい音とともに、あたりに肉片が飛び散る。その一部はマリアの頭の上からも降り注いだ。
唖然として、血まみれになったまま正面を見つめる。
そこに目の前に首から上がなくなったライオンがいた。一瞬、空中に浮いたまま停止しているのかと思ったが、すぐにどさりと地面に落ちた。たちまちおびただしい血が地面に吸い込まれていく。
なにが……、なにが起きた……。
マリアは自分の手のひらを見つめた。
そこには、黒い靄が渦巻いていた。線香花火のような光が、ときおり暗雲のなかで瞬く。その光がすぐに暗闇からあふれ出し、指のあいだから滝のように流れ落ちはじめた。
「ふ、ふは……、ふはははは……」
マリアの顔が泣きそうにゆがんだかと思うと、悔しそうな表情を浮かべ、そのまま大笑いをはじめた。
「エヴァ。あいつ……戻ってきた……」
「セイが戻ってきたんだ。スポルスを連れてな」