第8話 ラ・ピュセル、ジャンヌ・ダルク
ジャンヌ・ダルク——
その姿をはじめて見た、セイは思わず息を飲んだ。
真新しい甲冑を身に包まれたジャンヌ・ダルクは、とても魅力的な顔だちをしていた。垢抜けた美人、とはとても形容できなかったが、穢れのない子供のようで、純朴さが愛らしさとなってそのまま滲みでていた。
かわいらしいな——
セイの第一印象はそんなありふれたものだったが、次の瞬間、その目にやどる不退転の意志を感じとって、印象はがらりと変わった。
そこにあるのはある種の狂気——
人間が持ち得る感情のなかで、もっとも残酷で、身勝手で、盲信にまみれた感情。そしてだれの手によっても変えることができない、やっかいなものだった。
正義——
それが、1メートル58センチの少女の満腔から、あふれ出ていた。
ジャンヌのために仕立てられた甲冑は、その均整がとれた体躯を鎧の上からでも感じ取れたが、女性らしいからだつきでありながら、強健さをも合わせ持っていた。
「ベルトラン、ジャン! どういうことです。兵士たちがみな倒れているではないですか!」
ジャンヌはそう叫ぶなり、倒れている兵士たちの元に駆け寄った。
「ああ、なんてこと。すでに命が…… なにがあったのです!」
「ジャンヌ。それがわたしたちにもわけがわからないのだ。突然、壁から黒い靄をまとった騎士が現われて、いきなり襲いかかってきたのだ」
ベルトラン・ブーランジイが言い訳すると、ジャンは強い口調で非難した。
「ベルトラン! どこにそんな騎士がいるというのです。まさかあなたは悪魔の声でも聞いたのですか?」
「いえ、ジャンヌ。ベルトランが言うのは本当です。わたしも危うく殺されるところでした」
あわててジャン・ド・メスが助け船を出す。
「あなたまで悪魔に魅入られたとでもいうのですか。ジャン!」
「いいえ。この少年に助けられなければ、わたしたちは全滅していました」
「少年?」
まるで今はじめて気づいたように、ジャンヌはセイを見た。
「少年? あなたは何者です。見たところこの地方の者ではないようですが……」
「ぼくはセイ・ユメミ。東の果てにあるニッポンという国から… と言うより、800年後の未来からきた未来人って言ったほうがいいかな」
「800年? 未来から? わたしを田舎者の小娘と思ってからかっているのですか?」
「ちがうよ。きみを助けにきたのさ」
「わたしを? あなたのような子供がですか?」
セイは思わず吹きだしそうになった。
「ミス・ダルク。あなたは年齢でひとを決めつけるのですか? だとしたら、あなたもじゅうぶん小娘だと思うけど?」
そのひとことにジャンヌは顔を赤らめた。




