第65話 母の墓参り
ローガンがガードナー財団を去って一ヶ月ほどして、わたしと父は母の墓参りに日本に戻ってきた。
祖父のいる山に囲まれた田舎町の、さらにすこし山奥にある墓地は、すこし気のはやい桜が例年よりはやく花を開きはじめていた。
わたしは『金森家』の銘が刻まれた墓の前に花を添え、手をあわせると、心のなかで母への感謝の気持ちを伝えた。そしてそれとおなじくらい、恨み辛みも伝えた。
正直、母とのダイブは苦痛だった。
潜った先の歴史はどれも残酷で、醜悪で、慈悲の欠片もないものばかりだった。
人類の築き上げてきた歴史が、どれほどまでに愚かで、嘆かわしいものかを体験すれば、現実世界に戻ってきても、失望しか感じられず精神的に落ち込んだ。
だけどそんなわたしに、母はきびしいことばをむけた。
「人類の歴史は汚れた、悲惨なことしかない。そんなの当たり前だと思いなさい」
「だけど、未来は、あなたの歩む未来は、こんな狂った過去よりもっとわるくなるかもしれないの。だからあなたは戦わなくちゃならない。お父さんはあなたたちにそんな未来を送らせないため戦ってる」
「だから、さくら。あなたはお父さんのお手伝いをしてあげて!」
母はもしかしたら、わたしというツールを使って、父と復縁することを考えていたのかもしれない——
今ならそんな疑問も浮かぶ。
でもダイブをはじめたころは、純粋に父のため、そして自分たちの未来のため、と思ってダイブしていた。
母の特訓になんど涙したかわからない。
ほかの友だちのように遊ぶこともできず、幾度も母にくってかかった。
そういう星の元に産まれたのだ——
自分がこういう目にあっているのは、母を捨てた父のせいで、けっして未来の自分の、人類のためじゃない。だからどんなに能力を発揮できるようになっても、父のためには使ってやらない。
いつのころからか、そう自分に言い聞かせて、自分を納得させていた。
「エヴァ、それで……ダイブの件、考えてくれたかい?」
父がおずおずと訊いてきた。
「ええ。考えたわ。でもその前に母さんに謝って欲しいの」
「佳奈子に? わたしは今、墓前で感謝と謝罪をしたよ」
「ことばと態度で示してくれないとわからないわ」
「わかった」
父はそういうなり、墓前に頭をさげながら言った。
「佳奈子、きみとエヴァには申し訳ないことをした。どうか許して欲しい」
父はわたしに向き直った。
「エヴァ。心からの謝罪をさせてもらったよ」
わたしは父を侮蔑するように言った。
「はぁ? お父様。なにを言ってるの? ここは日本よ。日本で心からの謝罪ってそんなんじゃあないわ」
「そんなんじゃないって……」
「土下座よ、土下座!」
「ひざをつけて座って、からだを前に倒してから、額を地面にこすりつけて許しを請うの!」
「そんな屈辱的な」
「でもそれが誠意ある日本の謝罪の仕方よ」
「だから東洋の文化は好きになれないんだ」
「あ、そう。じゃあ、ダイブの話も諦めて」




