第54話 リスクスさん、引鉄をひきなさい!
マルケルスの顔がみるみる変わっていくのがわかった。表情ではない。顔そのものが人間ではなくなっている。
わたしは横目で、後方からつきだしているバズーカー砲の先端を見た。ひどく揺れはじめてきている。肩に担いだリスクスが、恐怖にからだをうち震わせているのだ。
「リスクスさん、化物に変身しても、あれはマルケルスです」
そう声をかけたものの、リスクスの恐怖はとどめられそうもなかった。
わたしは手を伸ばして、バズーカーの先端部分に手をそえた。
「リスクスさん、引鉄をひいてください。フラウロスを吹き飛ばしましょう」
「あ、ああ……」
わたしはかんしゃくをおこしそうになった。
あれほど父の仇だと執念を燃やしていたはずなのに、その姿が異形に変貌するのを、まの当たりにしたていどで、恐怖に飲みこまれようとしている。
そんなに簡単にゆらぐ未練ごときで、現世の魂を過去へ引きずり込まないで!
「引鉄をひきなさい!」
その瞬間、バズーカーの筒が震え、砲弾が飛び出すのがわかった。
バシュ!
煙とともに砲弾が発射され、目の前にいたフラウロスに直撃した。近距離からの砲撃。テューポーンの頭から生えている100体のドラゴンの頭でも、かばう時間はなかったはずだ。
だけど、爆煙が薄れると、この攻撃はまったくきいてなかったことがわかった。
フラウロスはまったくの無傷だった。
いや、それどころか撃ち込んだ砲弾を手で直接掴んで、余裕の表情をこちらにむけていた。
「お嬢ちゃん。近距離攻撃ならドラゴンもかばえないと思ってたでしょう。でもね、この姿になったら、もうかばってもらう必要はないのさ」
「どうやら、そのようね」
「こんなちいさな砲弾なんぞ、なんの役にもたたんよ」
「じゃあ、これはどう?」
わたしはそういうと、ピストルバイクに搭載された機関銃を撃った。
パパパパパパパ!!!
乾いた音がザマの平原にこだまする。
フラウロスは自分の前に手を突きだすと、前面に魔方陣のような複雑な紋様の結界を張った。わたしの放った弾丸はことごとく、その結界にはじき飛ばされた。
「無駄、無駄ぁ。わたしは悪魔だよ。その程度の攻撃なら余裕さ」
「お嬢…… あいつは化物だ。オレっちらのような人間ごときが勝てるわけが……」
「お黙りなさい! リスクスさん!」
うしろで情けない泣き言をこぼしはじめたリスクスをわたしは一喝した。
「ふ、蛮勇でしられるガリア人が…… 憐れなものだな」
「えらそうに言わない! たかがバズーカーと機関銃の弾を受けとめただけでしょ」




