第53話 わたしの父を覚えているか!
「フラウロス、わたしが近づいてくるのが怖いの?」
わたしはテューボーンの頭のてっぺんで、余裕の表情を浮かべているフラウロスを煽ってやった。
「怖い? 失礼ながらそれはどういう感情かね?」
「びびってるって言ったほうがいい? あなた、わたしを近づけさせまいとしてる」
「そりゃ、当然だろ。突然、そんな見たこともない兵器をだしてきたんだからね。これは用心しているのだよ。怖がってるのではなくてね」
「あら、悪魔も人間とおんなじね。見たこともない兵器を目の当たりにすると、とたんにガクブルしちゃうのね」
「マルケルス!」
そのとき後部座席でわたしとフラウロスのやりとりを、黙って聞いていたリスクスが突然沈黙を破った。
「わたしの父を覚えているか!」
フラウロスはしばらくリスクスを見あげていたが、小馬鹿にするような笑いをうかべた。
「もちろんだとも、リスクス。ローマの執政官に一騎打ちを申し込んできた、ガリア人の族長だろ」
「その通りだ」
「だったら感謝してもらいたいな。そんな無茶苦茶な申し出を受けてやったんだ。戦士としての、死に場所を用意してやったんだぜ」
「ああ、そうかもしれんな。だが、わたしにとっては、ローマ人に、おまえに父を殺された。それだけだ」
「頭が固いことだな、リスクス。だからガリア人はローマにもカルタゴにも、いいように使われるだけの蛮族のままなんだ」
「それがガリア人の生き方だから仕方があるまい!」
「はん、ーったく、こんな言いがかりで、歴史を変えられてはたまらんな。そうだろ、未来からきたお嬢ちゃん……そういや、名前を聞いてなかったな」
「ざーんねん。あなたのような三流悪魔ごときに、名乗る名前は持ち合わせていません。それにこの人の未練がどんなものだろうと、わたしは気にしてませんよ。人間の人生における未練なんて、たいがいがそんなちっぽけなモンでしょ」
「はん、だから瑣末な存在なんだよね。人間というのは」
「その矮小な未練に集っている存在に言われたくはないですわ」
「お嬢ちゃん、集っているとは、ちと言いすぎじゃないかなぁ」
「だってそうでしょ? わたしたちからすれば、人のからだに巣くってるウイルスと同等ですわ」
「あまり口が過ぎると、痛い目にあうよ。お嬢ちゃん」
「痛い目にあわせられなくて困ってるから、そこで吠えてるんでしょ?」
「ほう。子供のくせに悪魔をそんなにバカにするのかね。それでは本気をみせるしかないようだな」




