第39話 ルクス・クラウディウス・マルケルス
「おいおい、挨拶もなしかい」
「きさまぁ、父の仇!」
「父の仇ぃ? なんだ、そりゃ?」
「だまれ!」
リスクスが剣をふりあげて、打ち下ろす。マルケルスはその一撃を易々と受け流した。
「リスクス、剣をひけ!」
「マルケルス、もういい!」
ハンニバルとスキピオが同時に叫んだ。
マルケルスがリスクスに蔑むような目つきを投げつけると、剣をゆっくりと腰の革帯に戻した。その仕草を目で追いながら、スキピオが言った。
「ハンニバル、あなたには紹介不要だろうが、紹介させてもらうよ。『イタリアの剣』、ルクス・クラウディウス・マルケルス」
「ああ、スキピオ。紹介は不要だ。この男はわたしにとって、不倶戴天の敵だよ。まったくどれほどこの年寄りに苦しめられたか。カンナエの戦い以降、この男はわたしの軍をずっと追撃しては襲いかかってきた。ほとんどが小競り合い程度の戦闘だったが、我が軍はすこしづつ兵を削られていった」
「しかたなぇのよ。こちらもカンナエの戦いで壊滅的被害を喰らったからね。正面からぶつかるわけにはいかなくてね」
「何年だ! そなたはわたしを何年のあいだ苦しめてきた?」
「14年だ、たったのね。ノラの戦いでささやかな勝利をもぎとってからは、ただお前さんだけを追いかけてきたにすぎんがね」
「本国やスペインからの補給がおぼつかない以上、消耗戦を避けるしないのだ。そこをそなたは……」
「ああ、たっぷりと消耗させていただいたよ」
「そなたは、幸運にも悪運にも左右されない。勝てば勢いに乗って追撃し、負けてもなお立ち向かってくる。そのおかげでいつの頃か、我が軍はローマ軍に劣勢をしいられ、この会戦で雌雄を決するまでに追い込まれている」
「だが、おれはおまえさんだけにかかずらわってたわけじゃねぇよ。カルタゴに寝返ったシラクサ討伐やら、なんやらにもやらされていたからな。まぁ、おかげでスゴイ軍師を手に入れた」
マルケルスがスキピオの背後に控えていた、ひときわ年をとった老人を手招きした。老人がよろよろと前に歩みでてきた。
わたしには髭もじゃの老人は、どれもおなじ顔にしか見えなかったし、歩くのもおぼつかなそうな状態で、軍師、と呼ばれているのが嘘っぽく感じられた。
だけど、ビジェイはちがっていた。その老人をみるなり、驚愕の表情でうわごとのように呟いた。
「そんな…… まさか……シラクサって……」




