第38話 ハンニバルとスキピオの会談
「ハンニバル。明日の会戦の準備をすることを勧めることしか、わたしにはできません。なぜならカルタゴ人は……いや、あなたはとくに、平和のなかで生きることが、なによりも不得手であるようですから……」
「そうだな。スキピオ、そなたの言う通りかもしれん。わたしがそなたの立場であれば、おなじことを申しただろう」
ハンニバルはわたしたちのほうに手を向けて、残念そうに言った。
「だが、わたしにはここに未来人の力を得た。先日、トラジメーノの湖を瞬時に凍らせ、兵たちを生きたまま焼き尽くし、カンナエではアドリア海から現われたモンスターを未来の武器で殲滅した。ローマ軍が勢いづいたところで、この神のような力には太刀打ちできぬぞ」
「そうですか…… そこにいる見慣れない格好のひとたちが…… 少女まで連れてきているので、なにかと思っていたのですが」
スキピオはまったく動じた様子を見せなかった。
なにかある——
わたしだけでなく、父やローガンたちもそう感じたはずだ。
「アドリア海から現われたモンスター…… あれ、なんだったと思いますか?」
スキピオが口元に余裕をにじませた。
「なに?」
「カンナエの戦い、もうすこしで勝てたんですよ」
「どういうことかね?」
「この世界にない『力』を持っているのは、そちらだけではない、ということですよ、ハンニバル」
「ああ、そういうことだよ」
スキピオの背後に控えていた警士のひとりが、ゆっくりと立ち上がりながら言った。あきらかに老齢の男。わかきスキピオの横に立つと、まるで親子、いや祖父と孫ほど違って見える。だが、その顔に刻まれているのは、皴だけでなく、恐ろしいほどの凄みだった。
素人のわたしにも、この男が並々ならぬ修羅場をくぐり抜けてきた戦士であると、すぐにわかった。
だけどその顔を見るなり、ハンニバルの顔が強ばった。
「マルケルス!」
そう呟いた瞬間、ハンニバルの背後から飛び出した影があった。
リスクスだった。
「いけない!」
ビジェイが叫んだが、リスクスはマルケルスに剣で斬りかかっていた。
渾身の力で剣を振りおろすリスクス。
だけど、マルケルスは余裕の表情で、その剣を受けていた。まるで最初から剣を構えていたかのように、優雅な動きでリスクスの強烈な一撃を剣で防いでいた。




