第37話 どんなに努力しても歴史の潮流を変えられない
「どちらの選択肢をとっても結果はおなじだったのですか……」
父がちからなく肩をおとした。
「すまぬ。そなたらの期待に、このハンニバル、応えることができなんだ。リスクスにも申し訳ないと思っている」
うしろに控えるリスクスのほうに、チラリと目をむけた。
「めっそうもない、将軍。俺っちこそ、無茶な願いを押しつけちまって、申し訳ないです」
リスクスは恐縮した様子だった。
「というわけだ。このザマでの戦い、このハンニバル、大敗するのであろう? これでもそうとうに抗ったのだがな。歴史の潮流を変えることはできなかった。運命を受け入れざるを得まい」
「そうはいきません」
父が力強く言い放った。
「歴史がどうであろうと、あなたを負けさせるわけにはいかないのです」
「それはそなたらの都合であろう?」
「ええ、我々の都合です。ですから、わたしたちもこのザマの戦いに参戦させてもらいます」
「それは心強い。だがわたしのいまの責務は、ローマ軍司令官のスキピオと講和を結ぶことだ……」
「それが叶わぬと知っていたとしてもだ」
「カンナエの会戦以降のわたしは、まさにイタリアの主人であった。このハンニバルがローマ人の命と国家の行方を決める審判者であった。だが、今ではアフリカに戻り、イタリア人のそなたに、カルタゴの救済を請うまでになってしまった」
ハンニバルは12歳もわかいローマ司令官スキピオにそう切りだした。
「カルタゴは、争いの種になったシチリア、サルディーニャ、スペインを放棄する。またこの地方の再復のために、二度と戦争という手段には訴えないと宣言する。
この条件ならカルタゴは安全を、ローマは大いなる名誉を浴することができるはずだ。
わたしと対戦したとしても、もしあなたが勝利者になったとしても、あなたの名声があがるわけではないし、ローマの名誉が高まるわけでもない。反対にもしもあなたが敗者にでもなれば、これまで敗北をしらずにきた、そなたの輝かしい戦歴は無に帰すだけでなく、
自身の破滅もまぬかれないことになるだろう」
それは雷光と怖れられたハンニバルらしからぬ、自分の戦歴の全否定と、カルタゴという国の命乞いだった。
「この戦役がローマではなく、カルタゴ側がはじめたことは、ハンニバル、あなたが一番良く知っているはずです。もしローマ軍がアフリカに進軍する以前に、自発的にイタリアを退去していれば、またわたしが提示した講和案をカルタゴが決裂させなければ、あなたの今の提案は、満足いく結果を産んでいたでしょう。
ですが、ここにいたっては、講和の条件はわたしが提示した新たなる条件から変えるわけにはいかない……」




