第34話 父アダム、ハンニバルに助言する
「そんなにたやすいものではない。ローマを攻めるというのは、一日で勝負を決する会戦とはちがう。攻城戦は長期決戦になるのは必定なのだ。今、わたしの手元にあるのは2万5000の兵だけだ。長期戦ではガリア兵が離反する可能性は否定できん」
「あんたは勝利を手にすることは知っているが、その勝利を活かす方法がわかっていない」
別の将官が強い口調で、ハンニバルに迫った。
「ローマという国は首都だけを落とせばすむ国家ではないのだ。同盟都市と植民都市という存在は無視できぬ。ローマ市民権をもった者たちが各所に点在している以上、ローマ連合を解体せねば、ローマは落とせんのだ」
「兄上、ではわたしたちは、これからなにをすれば……」
弟のマゴが声をつまらせた。
「やることは山ほどある。まずは親ローマの同盟都市を、われわれ側に寝返らせる。まずは南側からだ。この会戦の敗戦で童謡しているにちがいない南側諸都市を攻めて、ローマ連合から離反を迫るのだ」
ハンニバルの自信に満ちた宣言に、そこにいる将官たちは黙り込んだ。だけど、それでも不満があるのか、お互いに目配せしながら、意志を確認しあっている。
「将軍、お待ちください!」
その場の張りつめた空気を切り裂いたのは、父、アダムだった。
「将軍、その手法ではローマは落とせませんでした。未来からきたわたしたちは、それがうまくいかなかったことを知っています」
力強い援軍を得て、将官たちの強ばった顔がほころびはじめた。
「将官たちの進言がただしいものかはわかりません。ですが、将軍が狙うローマ連合の解体は、その計画ではできなかったのがわかっている以上、攻めるしかないと思います」
ハンニバルが父を睨みつけた。
ぞっとするような目つき——
ハンニバルが口をひらく。
わたしはハンニバルが父を怒鳴りつけるのではないかと思った。だけどその声は穏やかで低いものだった。感情を極限まで抑えつけているのがわかった。
「そうか、アダム。わたしの計略はうまくいかないのか…… 未来人のそなたが言うのだ。から間違いないのだろうな」
「将軍、明日にもローマへ進軍しましょう!」
将官のほうから声があがった。
「兄上、そうですとも。父とともにバアルの神殿で誓われたのでしょう。ローマを一生敵とするということを。いまこそその一生の敵を討ち果たせる絶好のチャンスです」
「マゴ、おまえの言う通りかもしれん…… そうか、ローマ連合は解体できなかった、と言われるのなら、今ここで……」
その瞬間、あたりの風景がギュギュと歪んだ。
時間の跳躍。ジョウントが発生した。




