第29話 ヒッポカムポス、総攻撃
わたしはゆっくりと立ち上がって、戦場のほうに目を向けてみた。
ヒッポカムポスの姿はなかった。
「ヤツラいなくなったわ」
「ちがう。地面をみてくれ」
わたしは目を疑った。
ビジェイが凍らせた地面の下を、あのモンスターは泳いでいた。数万もの兵士たちが戦いを繰り広げている、まさにその下を悠々と泳いでこちらへ向ってきているヒッポカムポスの姿があった。
「まずい。ビジェイ。氷を溶かせ。ヤツラは水があるところを通り抜ける能力があるんだ」
父がそう指示を出したけど、すでにビジェイはそうしていた。
でも間に合わなかった。
戦場の兵士たちの下をくぐり抜けたモンスターは、氷の切れ目から姿を現わしはじめていた。わたしたちがいる本陣から100メートル程度の距離。
「ローガン! 炎の盾をっっっ!」
ローガンがわたしたちの前の空間に、炎の壁をつくりだした。
そのとき炎の向こう側で、ヒッポカムポスたちが、水の弾丸を吐きだしたのが見えた。
あたりの土が弾けた。
ローガンの盾はある程度、水の弾丸を無力化してくれていたけど、全部防ぎきれなかった。炎の盾をくぐり抜けてきた弾丸が、こちらに飛んできた。
「逃げないと!」
そう叫んだのはリスクスだった。
「あれは俺っちを狙ってるんだろ」
あれほど勇猛だったガリア人が顔を蒼ざめさせていた。
はじめて経験する、目に見えない弾丸という武器への畏怖があったにちがいない。
リスクスはたちあがって、背後の丘陵を駆けあがろうとした。
「リスクス! 動くな!」
父がこれ以上ないほどの大声で叫んだけど、おそかった。
一斉に放たれた氷の弾丸のいくつかが、リスクスを背後から撃ち抜いた。
叫び声をあげる間もなかった。
蜂の巣にされた、と言ってもいいほど、何発もの弾丸を全身に浴びていた。
そのなかの数発は、頭や心臓、お腹など致命傷になる箇所をつらぬいていた。
リスクスのからだが、力なく地面に崩れた。
「嘘でしょ」
わたしの口から漏れたのは、そんなまぬけなことばだった。
ただ、これでこの任務が失敗したのは確実で、わたしのこれまでのダイブ歴ではじめてのことだったから、かなりショックだった。




