第20話 トラシメヌス湖の惨劇
夜中にローマ軍がトラシメヌス湖に到着した。
彼らは湖の入り口一番西の端に陣をはって野営しはじめた。わたしたちはいくつも灯されたたき火の炎で確認していた。
その場所はわたしたちのいる位置から1キロほどしか離れていない。
ガリア兵たちは物音ひとつたてずに、じっとしたままその火をみつめながら、朝になるのを待っていた。
やがて日が昇りはじめるとたき火は消え、彼方からかすかな物音が聞こえてきた。
ローマ兵が出立の準備をしているようだった。
太陽が昇りはじめると、湖面からはトンでもなく濃い靄がたちこめはじめた。まだ夜の闇のほうが目がなれていて、遠くを見渡せてたので、明るくなるにつれ視界が奪われていくのは、ちょっとした驚きだった。
最初、異変に気づいたのは、父アダムだった。
「おかしい…… 臭気が変わった」
「CEO。それはどういう意味ですかい?」
ローガンが声を落として尋ねた。その目は真剣そのものだった。
「邪気が混じりはじめている……」
「ガードナーさん。それはもしかして……」
ビジェイが顔をいくぶんひきつらせると、父が確信めいた口調で言った。
「ああ…… どうやら悪魔が降臨したらしい」
「くそぅ。やっぱり簡単には任務は遂行させてはくれねぇようだな」
ローガンが顔をしかめると、ビジェイが隣にいるリスクスを見た。
「ここでリスクスさんの命を取りに来たってことですね」
「だ、だれが俺っちの命を取りに来たって?」
みんなに見つめられてリスクスはすこし動揺しているようだった。
「悪魔です。歴史通りにあなたに死をもたらそうとしてくる邪悪な存在です」
「ビジェイ。それが俺っちの運命なんだろ? だったら仕方がないじゃないか」
「そうはいかない理由がこちらにある。悪魔ごときにあなたの望みを絶たせるわけにはいかないんです」
「ああ、そうさ。オレたちゃ、歴史を変えてでも、あんたを守らなくてはならんのだ」
「でも悪魔はどうやって攻めてくるのかしら?」
「わからん。だが嫌な胸騒ぎがする」
「お父様、悪魔の臭気はどのあたりから漂ってきているのかしら?」
「それが……」
父は湖とは真反対の林の奥のほうに目をむけた。
「我々の背後の林の奥のほうからなんだ」
「いや、CEO。しかしローマ軍はあそこにいるんですぜ。なんでオレたちの背後から……」
「ガードナーさん、まさか…… あそこでローマ兵たちが野営していたというのは囮だったのでは? ハンニバルも湖の反対側の東の端で野営しているように見せかけましたよね。あの作戦をこちらも仕掛けられて……」
ビジェイはそこまで言って、ことばをうしなった。




