第18話 ジョウント酔い
わたしたちはそのトラシメヌス湖畔に立っていた。
『ジョウント』と呼ばれる現象だ。
歴史的に重要ではない日常の月日を一気に飛び越えて、そのイベントが起きる直前に飛ばされる現象——
「ジョウントっていうヤツは、なんど味わっても胸がムカムカするな」
ローガンが腹立たしげに言った。
「一瞬でしょ。それくらい我慢しなさい」
「エヴァ、おまえはなんともないのかね?」
「ええ。お父様。ちいさい時からダイブしてますからね。すっかり馴れたものです」
「ふん、『ジョウント酔い』を味合わなくていいってぇのは、まったく羨ましいことだな」
「子供の頃から精神へのダイブをさせられてるのを、うらやましがられても、わたしちっとも嬉しくありませんわ」
わたしは父の顔をにらみつけるようにして言った。
「エヴァ、わ、わたしが強要したわけじゃない。佳奈子、おまえのママが……」
「言い訳はいいわ、パパ。それよりハンニバルさんのところへ行きましょう」
「だがどこにもカルタゴ兵の姿が見えんぞ」
父があたりを見回しながら言うと、ビジェイが答えた。
「すでにこの湖畔の丘陵の林の陰で息を潜めているはずです」
「んじゃあ、ハンニバルさんは先頭のほうにいるってことぉ?」
わたしは湖の東端のほうを見ながら、ため息をついた。湖畔は一直線に伸びているのに、その終わりがこっちからは見えなかったからだ。
「ビジェイ、この湖、どれくらいあるの?」
「エヴァ。この湖はイタリアで4番目におおきな湖で周囲は60キロメートル近くある。たぶんハンニバルがいる東の端まで余裕で10キロメートル以上はあるだろうね」
わたしはもう一度、さっきより深いため息をついた。
「はーー。ジョウントするなら、そのあたりに降ろしてもらいたかったわ」
「しかたないのだよ、エヴァ。我々がこの世界に降りたつのは、要引揚者がいる近くになるのだから」
「嬢ちゃん、歩くのが苦痛なら、オレがおぶってやろうか」
「この世界で子供扱いはよしてよ、ローガン。ちょっとグチっただけ。自分の足で歩くわよ」
「わかりました。お嬢ちゃん」
ハンニバルを探しだすと、彼は左目に眼帯をつけていた。
「おお、未来人たち。アダム、ローガン、ビジェイ、そしてエヴァ。再会できて嬉しいぞ」




