第16話 次の勝ち戦の場は、どこか教えてくれるかね
不利な条件にもかかわらず、精強なローマ歩兵はカルタゴ歩兵を相手に優勢に戦闘を進めていた。しかし、両翼ではヌミディア騎兵を中心とするカルタゴ騎兵が、ローマ騎兵を圧倒し、じりじりと中央へと押し込んでいた。
やがてローマ騎兵を撃退すると、ヌミディア騎兵はローマ軍の側面に回りこんだ。完全に包囲されると判断したローマ兵たちは、パニックに陥り敗走をはじめる。
そこにハンニバルの弟マゴ・バルカの軍勢が襲いかかった。
林のなかに伏兵として潜ませていた分隊だった。
完全に包囲されたローマ軍は圧倒的な劣勢に陥り、周辺部から損害を増加させていった。
執政官ロングスは突破口を探し、正面のガリア歩兵に対して戦力を集中させた。
なんとかカルタゴ軍中央を突破したローマ軍はそのまま撤退した。
しかし、およそ半数が包囲下に取り残され、殺されるか捕虜になった。
「こちらにもずいぶん犠牲者がでたわ!」
岸辺を埋め尽くす死体を眼下に眺めながら、わたしは口をとがらせた。
「だが、敵の損害のほうが甚大だ。そうだろう?」
ハンニバルは満足そうだった。
「ええ、すばらしい戦果です。将軍」
拍手をしながら、そう讚えたのは、よりにもよって父だった。
「ローマ側の戦死者は2万人。捕虜1万人ですよ」
「1万人も逃したか。では完勝とはいかんな」
「ですが、こちらの被害は6000人程度。しかもほとんどがガリア人です。将軍が引き連れてこられた兵の損失は軽微です」
「だが象は一頭だけになってしまった。あれだけの犠牲をはらいながら、アルプス山脈を越えてきたというのに。そなたらが未来の力を使って加勢してくれていれば、もっと楽に勝てた」
「将軍、それはできねぇよ」
ローガンが声をあげた。
「オレたちの任務はガリア人のリスクスを死なせねぇことだ。もしカルタゴ軍が負けそうになって、ヤツの生命に危機が及ぶようなことがありゃあ、そりゃオレたちも戦うさ。だがこの戦いは、カルタゴが大勝利するってわかってンだ」
「歴史のままにまかせるってことだな。わかった。ローガン、そなたの言う通りだ」
「まぁ、こっちだって、リスクスのヤツを抑えるのが大変だったんだがな」
ローガンが恨みがましい口調で言うと、ハンニバルはしたり顔で答えた。
「目の前で数千もの同胞が討ち死にする戦いを繰り広げたのだ。勇敢さを重んじるガリア人には、たぎる気持ちを抑えておくことなどできようはずもない」
「ああ、オレもあいつの気持ちはよくわかる。だが、こんなにガリア人が死んだ戦いに、ヤツが参加させるわけにはいかねぇ」
「ああ、あの男は勇猛な男だ。たぶん先陣を切って飛び込んで、真っ先に命を落としていただろうな」
ハンニバルはそう言うと、ビジェイのほうへ目をむけて言った。
「ビジェイ、次の勝ち戦の場は、どこか教えてくれるかね」
ビジェイは一歩前に進みでると、なかば苦笑い気味に言った。
「次に勝つ場所はトラシメヌス湖畔の戦いです。将軍」




