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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
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第38話 戦車競技場にキリスト教徒たちが引っ張り出された

 兵士たちにこづかれながらアリーナにでてきたマリアは、あまりにも強い陽の光におもわず目を(すが)めた。満員の戦車競技場(キルクス)に引っ張り出されたのは五十人ほどのキリスト教徒たちだった。みな、恐怖にふるえ、顔がひきつっていた。

 競技場のそこかしこから声があがっていた。それはいつもの興奮や期待からくる高揚感の発露ではなかった。

 そこには殺気があった。敵意が、嫌悪が、怨恨が、忌避が……、狂気じみたあらゆる否定的な感情があった。(ののし)りの声があがる。

「放火犯め、死ねぇ〜」

「この得体のしれない異教徒どもめぇ」

「オレは母を失った〜、そいつらに償いをぉぉ……」

「わたしは家も財産もすべて燃えてしまった。やつらへの制裁をぉぉぉ」

 残酷ショウへの高まりと、行き場のない怒りが、ないまぜとなった競技場の空気は、衆目に晒される教徒たちに、さらに重たくのしかかりはじめる。

 

 背後でガチャンと音がした。

 観衆の声が一気に爆発する。拍手が巻き起こり、足踏みが踏みならされる。

 マリアがゆっくりと音がした方向に目をむけた。

 そこには競技場の真ん中の長辺方向に設置されたスピナと呼ばれる中央分離帯があった。スピナは反対側が見通せなくならないよう、申し訳程度に方尖柱(オベリスク)や記念円柱で飾られている。

 だが、今、そのたもとにある砂地の一角がゆっくりと斜めに沈み込みはじめていた。地面が次第に開口していく。それと同時に鼻をつくような獣の臭いが漂ってきた。一種類ではない。あからさまに猛獣を感じさせる、本能的にからだが(すく)む危険な臭い。やがて、開口部から低く不気味な、動物の咽をならす音が聞こえてきた。

 競技場の一角にからだを寄せ合う人々のあいだから悲鳴が漏れる。

 スピナの近くに設営された落とし戸がおおきく口をひらくと、斜めになった戸のうえをゆっくりといっぴきの雄ライオンが踊りでた。

 マリアがごくりと唾を飲み込んだ。

 その雄ライオンにつき従うかのように、二匹の雌ライオンがあとに続いて這いでてくる

だが落とし戸はそこ一ヶ所ではなかった。一度にいくつも落とし戸が口を開けていた。そのなかのいくつかにはトラもいた。

 観衆たちは競技場内に猛獣が躍り出てくるたびに、感嘆と期待の歓声をあげた。その歓声は猛獣たちをいらだたせた。雄ライオンが観客席にむかって、おおきな咆哮をあげた。

 命の灯火(ともしび)を圧殺するようなその凶暴さに、観衆たちの興奮はさらに高まった。ざっと見渡しただけで二十匹ちかくの猛獣がアリーナに放たれていた。

 マリアの目の端に母親に必死でしがみつく赤い髪留めの少女が映った。ギリッと奥歯を噛みしめると、マリアが自分の手のひらに力をこめる。だが、黒い雲も、黒い稲光も、なにも手の中に現れなかった。


『ちっくしょう。力を……、力をくれぇ。頼む……」

 マリアの顔が悔しさにゆがんだ。



「あれっぽっちなのか?、ティゲリヌス」

 競技場の片隅で身を震わせているキリスト教徒を、神殿のバルコニーから見下していたネロが不満げに訊いた。ティゲリヌスはネロの前にかしずくと、不敵な笑みを浮かべながら言った。

「皇帝陛下、ご安心を。まだまだ残しております。夜にはタールにつけ込んだキリスト教徒どもを、十字架にかけまして、松明(たいまつ)代わりに火を放つ余興もご用意しております」

「むほほほ、それはなかなかの見物(みもの)になりそうだのう」

 そうにこやかにほほ笑えんで見せたが、ネロはすぐに真顔になってティゲリヌスに耳打ちをした。

「ところで、スポルスは見つかったのか?」

「はっ。キリスト教の使徒のひとり、ペテロとともにローマの南東方向に逃げたと報告がありましたゆえ、ただいま、全力で追跡させております」

「まったくけしからんな、キリスト教というのは。人心を迷信で惑わせるだけでなく、ワシの街、ローマに火を放ちおって……。ティゲリヌス、そちもそう思わぬか?」

 そうティゲリヌスに語りかけながら、目はその背後に控えている取り巻きの臣下、とくにペトロニウスに注がれていた。

「まったく、陛下のおっしゃる通りでございます」

 その意をくんで、ティゲリヌスがかしこまった。

「うむ、そんな危険思想の持ち主のキリスト教徒は根絶やしにせねばならんな」

「御意」


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