第14話 ティキヌスの戦い
ハンニバルはすばやく布陣を敷くと、ローマ軍に突撃した。
ローマ軍軽装歩兵は投げ槍を投擲して対抗したけど、カルタゴ軍の前進を阻止できなかった。
ガリア人のリスクスは仲間が奮戦するのを見て前に行きたがった。が、騎兵が中央突破したのをみて、鼻をならした。
「ふん、もうああなってしまっては、オレの活躍の場はないな」
「どういうこと?」
「ほら、お嬢ちゃん。すでに両翼のヌミディア騎兵が、ローマ騎兵を撃破している。あいつらは北アフリカのベルベル人で、馬の扱いにかけちゃあ天下一品だ。しかもローマと仲がわるい。ヌミディアの王、ガイアは、とくによりすぐりの精強な騎兵を提供したっていう話だからね」
ビジェイがリスクスのことばを補完するように言った、
「遊牧民のヌミディア騎兵は馬の扱いに長けていたからね。農耕民族だったローマ人騎兵では相手になりませんよ」
ビジェイのことばに反応して、めずらしく父が口をひらいた。
「エヴァ、コーヒーショップなんかでパソコン使って仕事している人のことを、『ノマドワーカー』っていうだろう。あれはこのヌミディアが語源なんだ」
どうでもいい豆知識をひけらかす、父にうんざりした顔をしてみせてから、わたしは首を伸ばして戦況を確認した。
中央のローマ兵はまだ善戦していたが、両翼のローマ兵は、ヌミディア騎兵によって中央にむかって押し込まれていた。このままローマ軍が囲まれるのは、時間の問題だと素人目にもわかった。
「ほんとうだ。うしろの兵たちはもう逃げ出しているわ」
「だろうな。歩兵戦列が乱れてしまっては、壊走するのも当然だ」
「こんな小規模な戦いが、あのハンニバルの初勝利なのかね。案外たいしたことがねぇな」
わたしの下で、ローガンが不満げに顔をゆがめると、ビジェイが諭すように言った。
「ああ。ローガン、そう思うのも無理はない。だがそうじゃないんだ。この戦いこそ、ハンニバルの伝説の第一歩にして、彼の伝説の終わりの発端でもあるんだ」
「ビジェイ。どういうこったい」
「この戦い、歴史の転換点は2つ。互いに大きな損害を出したわけではなかったけど、この初勝利によって、現地兵の徴募が円滑に進むようになるんだ。とくにローマの支配をよく思っていなかったガリア人の部族が、こぞってハンニバルに協力を申し出てきて、カルタゴ軍は勢いをものにする」
「もうひとつはなんだ?」
「指揮していた執政官、スキピオはこの戦いで負傷し、命からがら逃げだすのだけど、それを助けだしたのが、17歳の息子スキピオ・アフリカヌスだったんだ」
「スキピオ・アフリカヌス?」
わたしは素直に尋ねた。
「ああ。この戦いで敵将ハンニバルに心酔し、まるで愛弟子のように戦略を研究し……」
「後年『ザマの戦い』で雷光と呼ばれたハンニバルを、完膚無きまでの大敗に追い込む男だ」




