第10話 ガリア人の未練
父は諭すように要引揚者であるジョン・ケインに事情を説明した。
ケインは今までわたしがみてきた要引揚者とおなじように、あからさまにとまどっていたけど、次第に事情を飲みこんでいきはじめた。
「この人物の……あなたの前世の人物の『未練』を知りたいのです」
「わかった。やってみよう。それがわかれば私は助かるのだね」
「はい。わたしたちがその未練をはらして、あなたをこの世界にとどめる『力』を立ち切ってみせます」
ジョン・ケインは不安そうな顔のまま、うなずきながら男の頭のなかに消えていった。
ケインが消えるとすぐに男が、飛び起きた。
「おい。今の!」
父は満面の笑みを男のほうにむけて言った。
「あなたの未練を教えてください」
男は合点がいかない表情を浮かべながらも、とつとつと語りはじめた。先ほどまであった蛮族らしい、険のような皴が消えている。
男の名はリスクス。
ある部族の部族長ということだった。
話は今から8年前の紀元前226年。
この年、ガリア民族の居住地帯全域が飢饉になった。ふだんは部族間でのあらそいにあけくれているガリア人も、このときばかりは共闘体制をとらざるをえなかった。
イタリア側から、現フランス側までのガリア人が、ローマ領にむかって南下をはじめた。
これを迎え撃ったローマ軍は多大な犠牲をはらいながらも、ガリア兵を撃破。その翌年にはガリア人の居住区まで攻込み勝利。有力な部族のいくつかと講和を結ばせた。
そのことに危機感を抱いたガリア人は、五万の兵でローマ軍に攻勢をかける。
それを四個軍団(歩兵5万・騎兵3千)で、それを迎えうったのは、ふたりの執政官。
ガイウス・フラミニウスとクラウディウス・マルケルスだった。
彼らはガリア人を撃退しただけではなく、ポー河の河上まで攻めあがり、ガリア人の本拠だった現ミラノまで攻略し、ほとんどのガリア人を平定した。
「オレの父は部族長だった。やつらが攻込んできたとき、執政官ふたりに決闘を申し込んだんだ」
リスクスが悔しさをにじませながら声を荒げた。
「執政官に一騎打ちを? そんなのローマがきくわけない」
父はおどろきの声をあげた。
「いや、執政官のひとり、マルケルスがそれを受けたんだ」
「受けたのか? 何万という兵を指揮する司令官だぞ」
「ガリア民族は戦士の個人的な能力には敬意をはらう民族だ。それを知ってれば、受けざるをえまい」
「で、どうなったんだい?」
ローガンが先を急がせた。
リスクスは首をうなだれて言った。
「父は討たれた。全軍が見守るなかで……」
リスクスが顔をあげると、まるで別人のような顔がそこにあった。残忍な野獣のようなギラギラとした目、およそ知性など感じさせない蛮族の表情。
「オレは父の仇の、ローマが滅びるのを見たい」




