第6話 カルタゴ軍将軍 ハンニバル・バルカ
峠を登り終えてきたところに、自分たちを待ち構えている人間が、雪山の頂上にいることに気づいた、ハンニバル軍の驚きは容易に想像できた。
そのなかに、わたしのような少女が混じっているとなれば、兵士たちのなかに自分たちの正気を疑った兵士たちもすくなからずいたにちがいない。
しばらく混乱らしきものがあったが、やがて兵たちのあいだを縫うようにして、馬にまたがった男がこちらへむかってきた。両側に騎馬した兵士を従っていたが、それだけでこちらにむかってきた。
「わたしはカルタゴ軍将軍 ハンニバル・バルカ」
わたしは思わず目をみひらいた。
あまりにも無防備すぎる——
得体のしれない相手が目の前に現われたというのに、いのいちばんに指揮官が最前線にでてくるのが信じられなかった。しかも護衛はふたりしかいない。
だけど一番信じられなかったのは、この大軍を率いている指揮官ハンニバルの若さだった。35歳のビジェイと同等か、もしかしたらもうすこし若いかもしれない。すくなくともわたしの友だちの父親よりも若く感じられる。
「わたしはアダム・ガードナー。わたしたちは未来のアメリカという国から来た者です」
父はまったくかしこまる様子もなく、握手のための手を前にさしだしながら前に進みでた。
「未来? アメリカ? そんな国は聞いたことがない。わたしをからかうのかね」
「いいえ。わたしたちは今より2200年も未来からやってきました」
「それを信じろと?」
父はさしだした手を引っ込めると、わたしの肩に手をかけながら言った。
「この険しい雪山に子供を連れてくるような者は、カルタゴにもローマにもいないと思いますが」
「残念ながら、ここにいる。このハンニバルは、象を連れて登ってきている。子供を連れて来るほうがどれほどたやすいことか」
「なるほど…… ではちょっとした奇跡をお見せしましょう」
そういうなり父はローガンに目配せをした。
ローガンはかるく肩をすくめただけだった。
おそらく毎回、このくだりをやらされているのだろう。自分は未来人だと名乗られて、信じる人間がいたとしたら、そちらのほうがおかしいのだから。
ローガンは峠の上にある平地のほうに目をやると、横殴りするような仕草で手をふりぬいた。
その手から炎が吹きだし、平原の上を走り抜けていく。その炎をローガンは操った。炎は平地の端々から点々と飛び散った。
あっという間に広大な平地のいたるところにたき火が灯っていた。それはじつによく計算されていて、どこに身をおいても暖を取れるような間隔に配置されていた。
「おお……」
ハンニバルの両隣にいたふたりが思わず声をあげた。
父はわざとらしくかしこまると、ハンニバルに言った。
「さぞやおからだが冷えたかと思います。ぜひ兵士の方々にはしっかり暖を取っていただき、休息していただければと」
ハンニバルは目の前でおきた奇跡に、顔色ひとつ変えなかった。
「アダム。おまえたちは未来から、ここになにをしにきたのかね?」
「まだわかっていません。ですが、与えられた使命をこれから探らねばなりません」
「そうか…… だが、まずはそなたらの好意に甘えて、ここで休息させてもらうことにしよう」




