第2話 雪山のなかを象の群れが行軍していた
父、アダム・ガードナー
母が亡くなるのを、まるで待ち構えたかのように、わたしの元にやってきた。母方の祖母に引き取られる話も持ち上がったが、父が姿を現わすと、まるでほかの選択肢はそもそもなかったのように、あっという間に立ち消えた。
わたしはなにか裏で話があったのだと、すぐに勘づいた。
おそらく、大金をちらつかせたのだろう。
腹立たしさがこみあげてきて、もうひとこと、ふたこと、やり込めてやりたくなったけど、ビジェイの叫び声に機先を削がれてしまった。
「あ、あれ!」
ビジェイは眼下を指さしていた。
そこに信じられない光景がひろがっていた。
雪山の中を、象の群れが登ってきていた。
三十頭はいるだろうか? その周囲には象使いとおぼしき人員と兵士たちが取り囲むように連れ添っていた。
そして、その象の群れを先頭にして、ものすごい数の兵士たちがうしろにつらなっていた。その数はどれくらいいるかは想像すらできなかった。あまりにも長い列となっていて、最後尾がどこにあるのかさえわからなかったからだ。
「すごい!」
わたしはそんな陳腐な感想しか言えなかった。
「ここがいつの時代かかわかりましたよ」
ビジェイが父にむかって言った。
「紀元前218年9月 場所はアルプスです」
「アルプス? ここはアルプス山脈だというのか?」
「はい。ガードナーさん。おそらくここは標高2千メートル超えのピッコロ・サンベルナルド峠ちかく、そしてそれを率いているのは……」
「ハンニバル・バルカ」
「ハンニバル・バルカ! あのローマ史上最大の敵と呼ばれた……」
そこまで言ったところで、父はことばをうしなった。
わたしはハンニバル、という名前だけは知っていたけど、具体的にどんな人物かわからなかったので、父に尋ねた。
「そのひと、そんなにすごい人なの?」
「やれやれ、お嬢ちゃん。ハンニバルを知らねぇのかい」
ローガンが鼻で笑ってきたので、わたしはもう一度上をむいて彼を睨みつけた。
「あらあら。いまが紀元前だって言うこともわからなかった人に、えらそうにされたとき、アメリカではどういう態度をとるのが正解なのかしら?」
ローガンがギロリとした目をむけてきた。
「わたし、日本人だから、どうディスればいいのか、よくわからなくて……」




