第292話 サプライズ・エンディング 〜切り裂きジャック篇 完結〜
「ピーターはワイルド様が指摘したように、この街にナイフを突き立てて浄化しようとしていたのです。おのれの栄華のために身代わりにされた『肖像画』のようにね」
「そんなことで世の中が変わるなんてこと……」
「セイ様、変わったのです! 実際に切り裂きジャックが変えたのです。ロンドンを!」
「そんなことが……」
「5番目のメアリー・ケリー嬢殺人の報告を受けて、もっとも早い反応をしめしたのは、かのヴィクトリア女王でした。すぐさま首相のソールズベリに辛辣な親電を送りつけ、この事件の解決をうながしました。ソールズベリは閣僚を招集し、切り裂きジャック対策会議を開いたのです。ひとりの犯罪者が大国を動かす、という前代未聞のことを、切り裂きジャックはなしとげたのです」
スピロはまくしてた。
「それが引きがねとなって、イースト・エンドという貧民街の浄化につながっていきます。なにせヴィクトリア女王直々の勅命ですからね」
「お姉さま。切り裂きジャックは……いや、ピーターは、大人を、娼婦というこの街の象徴を殺すことで、イースト・エンドを、子供が子供のままでいられる、ネバー・ランドにしようとしたとでも言うのかい!」
ゾーイの問いかけは、いつもの口調ではなかった。姉スピロに問いただしているというものだった。
「ええ、ゾーイ。わたくしはそう思います」
「そんなバカなことって!」
エヴァも声を荒げる。
「血に飢えた快楽者、性的に未熟な異常者など、多重人格的な顔を見せながら、モリアーティのような狡猾な頭脳で、子供のための理想郷を作るために、現状を変えようする狂人。そしてその異形なものは、だれの目にも映っていて、だれにも見えてない透明人間……」
「あのとき、文士の方々やメリック様がだされた切り裂きジャック像は、全員まちがえていて、全員正解だったのかもしれません……」
「でもおかしいですわ。ピーターの身長では、女性たちの咽喉を切り裂くことなど」
そのとき、下でチャリーンという金属が落ちる音がした。
あきらかに硬貨が路面で跳ねた音だった。
ハッとしてスピロは下に目をむけた。
地面に数枚の硬貨が転がっているのがみえた。
ネルが目を輝かせて、その硬貨を拾おうと屈みこんだ。
その背後にピーターがいた。
ピーターは天にのぼっていくスピロたちへ、不敵な笑みをむけた。
そして目の前に屈みこんでいるネルに背後からに近づくと、手に持っていたナイフをネルの白い咽喉に押し当て、一気に真横に切り裂いた。
ブライアン・デ・パルマ エンディング
(頭の中で心臓が捉まれるような不協和音の音楽が打ち鳴らされていればうれしいですが)
もしくはウィリアム・カッツの名作『恐怖の誕生パーティー』でしょうか。
最後の最後で全部ひっくり返す衝撃のサプライズ。
これを書きたかった。
まさか、このサイコダイバーズでそれを描くとは思いもしなかったですが。
さて19世紀ヴィクトリア朝のロンドンに浸ること約1年。
史料を読みふけり、楽しくも、おどろきの日々でしたが、ようやく解放されました。
今回もうんざりするほど膨大な資料との格闘でした。
参考資料を下記に記載します。
先に紹介したヴィクトリア朝の風俗の資料は割愛します。
まずは下記の2冊がなければ、話は書けなかった。
●決定版 切り裂きジャック (ちくま文庫) 文庫
仁賀 克雄 (著)
●図説 切り裂きジャック (ふくろうの本)
仁賀 克雄 (著)
おなじ作者のものだが、決定版は事件の様子が子細に書込まれていて、図説のほうは全体像を俯瞰するのに役にたった。
●切り裂きジャック最終結論 / スティーブン・ナイ
●高山 宏の世紀末異貌
●シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険ワトスン博士の未発表手記による(扶桑社ミステリー)
ニコラス・メイヤー/著--扶桑社--
●切り裂きジャック127年目の真実
ラッセル・エドワーズ/著--KADOKAWA
●コナン・ドイル ホームズ・SF・心霊主義 ( 講談社現代新書 )
河村 幹夫/著 -- 講談社 -- 1991.7
●オスカー・ワイルドの生涯 愛と美の殉教者 ( NHKブックス )
山田 勝/著 -- 日本放送出版協会
●英国ミステリ道中ひざくりげ
若竹 七海/著 -- 光文社 -
●シャーロック・ホームズの履歴書 ( 講談社現代新書 )
河村 幹夫/著 -- 講談社
●オスカー・ワイルドの世界
富士川 義之/編著 -- 開文社出版
●オスカー・ワイルド 「犯罪者」にして芸術家 ( 中公新書 )
宮崎 かすみ/著 -- 中央公論新社
●鉄の女 サー・ロッカート、ゴーリキイ、H・G・ウェルズの愛人の生涯
ニーナ・ベルベーロワ/[著] -- 中央公論社 -- 1987.6 -- 20cm -- 図書
●オスカー・ワイルド全集 4
オスカー・ワイルド/[著] -- 青土社 -- 1989.2 -- 23cm -- 図書
●シャーロック・ホームズの私生活 ( 河出文庫 )
ヴィンセント・スタリット/[著] -- 河出書房新社
●身体 光と闇 ( ポイエーシス叢書 )
石光 泰夫/著 -- 未来社
●ピーター・パンはセックス・シンボルだった なぜ、人は彼を愛しつづけるのか
松田 義幸/著 -- クレスト社
●ロスト・ボーイズ J・M・バリとピーター・パン誕生の物語
アンドリュー・バーキン/著 -- 新書館
●ケンジントン公園のピーター・パン ( 光文社古典新訳文庫 )
バリー/著 -- 光文社
●神を殺した男 ダーウィン革命と世紀末 ( 講談社選書メチエ )
丹治 愛/著 -- 講談社
●フランケンシュタイン・コンプレックス 人間は、いつ怪物になるのか
小野 俊太郎/著 -- 青草書房
●ホームズなんでも事典
平賀 三郎/編著 -- 青弓社
●シャーロック・ホームズの経済学
太田 隆/著 -- 青弓社
●英国ゴシック小説の系譜 『フランケンシュタイン』からワイルドまで
坂本 光/著 -- 慶應義塾大学出版会
●未来を覗くH・G・ウェルズ ディストピアの現代はいつ始まったか
小野 俊太郎/著 -
●シャーロック・ホームズ大図鑑
デイヴィッド・スチュアート・デイヴィーズ/ほか著 -- 三省堂
●切り裂きジャックの真相
ブルース・ペイリー/著 -- 原書房
●英国メイドの世界
久我 真樹/著 -- 講談社
●図説英国社交界ガイド エチケット・ブックに見る19世紀英国レディの生活 ( ふくろうの本 )
村上 リコ/著
●一八八八切り裂きジャック ( クイーンの13 )
服部 まゆみ/著 -- 東京創元社
●ザ・リッパー 切り裂きジャックの秘密 ( 扶桑社ミステリー )
シェリー・ディクスン・カー/著
参考サイト======================
切り裂きジャックはDNA検査で明確に特定されましたか?
https://ichi.pro/kirisaki-jakku-wa-dna-kensa-de-meikaku-ni-tokuteisaremashita-ka-158899452079640
切り裂きジャックと疑われた者たち
https://www.weblio.jp/wkpja/content/%E5%88%87%E3%82%8A%E8%A3%82%E3%81%8D%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%A8%E7%96%91%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%9F%E8%80%85%E3%81%9F%E3%81%A1_%E5%BE%8C%E3%81%8B%E3%82%89%E6%8E%A8%E6%B8%AC%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%82%82%E3%81%AE
Alias Jack the Ripper: Beyond the Usual Whitechapel Suspects
著者: R. Michael Gordon
https://books.google.co.jp/books?id=n5PWnVtQs4MC&pg=PA105&lpg=PA105&dq=Mary+Ann+Kelly+of+6+Fashion+Street&source=bl&ots=8NwL80iCfo&sig=ACfU3U2rJv0pa2wQAZDY-Iqtk1NKh2rkGA&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwjImI-o-8T3AhVKmVYBHdJ3DhIQ6AF6BAgUEAM#v=onepage&q=Mary%20Ann%20Kelly%20of%206%20Fashion%20Street&f=false
森鴎外の還東日乗に1888年の古写真を重ねてみる。
https://ameblo.jp/minamihachimantainoyeti/entry-12568382883.html
シャーロック・ホームズの金銭感覚 – MONEY PLUS
https://media.moneyforward.com/articles/1003
そのほかにもウィキペディアをはじめ、目に付くサイトは片っ端から調べた。
知らず知らずのうえに参考にしたサイトがあったかもしれないが、記録をつけわすれていてわからないので、もしミスがあったとしたた作者の責である。




