第290話 まだ終わってない!!!!
ピーターのことばが思い出される。
「ぼくは町医者の息子だったけど、ある日両親が事故で死んでしまって。会ったこともない親戚に『養育院』に送り込まれてね。そこに耐えきれなくて『オリヴァー・ツイスト』のオリヴァーのようにこの街に来たっていうわけさ」
10年前の事故で両親が死んだあと『養育院』に送り込まれた?
オリヴァー・ツイストのオリヴァーのようにこの街に来た?
町医者の息子——
町医者って内科医だったの、それとも……
ピーターが『ニコル・ストリート遊撃隊のジョンやマイケルたちが、真夜中のイースト・エンドに散らばっていくのを見送りながら言ったことが蘇る。
「このイースト・エンドの子供はほとんどが5歳で死んでしまうんだ。それを生き延びられても無理な仕事がたたって、からだが曲がったり、発育がとまったりするんだ」
肉処理工場で肉処理人のパトリックが、肉切り包丁を掲げてみせたシーンがフラッシュバックする。
「ぼく、昔、手伝ったことあるけど……」
「ああ、そうだったな。ピーター、おまえ、けっこういい腕してたな」
スピロはすべて理解した。
最初から仕掛けられていた。
いや、悪魔がしかけていたわけではない。
知らず知らず、みずからが歴史の暗部に引寄せられていたのだ。
すでに5メートル以上上空にいたが、スピロは地面のほうへ戻ろうとした。
必死で手を下にむけて伸ばす。
だが、どんなに手を伸ばしても、からだは上へと浮いていく。
「お姉さま、どうしたんだい」
「ゾーイ、あなたの力を貸してください。戻らねばならないんです」
「戻る? スピロ、おまえ、なに言ってんだ?」
「そうですわ。わたしはこの空気を感じるのもうんざりです」
セイが下に伸ばす手をぐっとつかんだ。やさしい口調でスピロをさとす。
「どうしたんだい。スピロ。もうすべて終わったよ」
「いいえ、セイ様。まだ終わってない! 終わってないんです」
スピロはセイにつかまれたまま、必死で空中で手をかいた。
「ピーターは……ピーターは……」
「子供じゃない!!!!」




