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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
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第36話 彼らは神から遣わされた使徒なのかもしれません

 朝だというののアッピア街道を走る馬車の音は、やけに響いて聞こえた。幌もなくあちらこちらに破損がある粗末な二頭立ての馬車にセイ、スポルス、そしてペテロは乗っていた。馬車を用意だてしていたナザリウスという若い信徒と合流し、すでにローマの中心を離れてから小一時間ほど経っていた。

「ペテロさん、あなたはローマに戻って、捕まった信徒のためにつくすべきです」

 セイがこれまでも何度なく言っている主張を繰り返してきた。すると、御者をしているナザリウスが、うしろを振り向こうともせず、セイに向かって言った。

「セイ君、もうそんな無理を言わないでくれないか。ペテロ様は皇帝ネロから手配をされている。今捕まれば死罪は免れない。わたしたち信徒にとっては、ペテロ様をお助けすることが神の御心なのだ」

「しかし……」

 セイがさらに食い下がろうとしたとき、突然、馬車がとまった。あまりに急にとめたせいで、荷馬車がギッと揺れ、セイたちはからだを前のめりに体勢を崩した。

「ナザリウス、どうした。急に」

 ペテロがゆっくりとからだを起こしながら、御者台のほうに声をかけた。だが、なにも説明しなくても、その理由はすぐにわかった。


 馬車の前にローマ兵たちが立っていた。人数は十数人ほど。だが、誰もが鎧を着て武装しているだけでなく、すでに何人かは剣を引き抜いて威嚇の体勢をとっていた。

「ペテロ様……。どうすれば……」

 ナザリウスがからだをがたがたと震わせながら、うしろを振り向いた。ペテロは無言のまま、口元に指をあて沈黙するように指示した。

 ローマ兵たちのなかから、ひときわおおきな体躯をした兵隊が歩いてやってきた。鋭い目つきで、顔にあからさまなまでに険があった。ひと目見ただけで、相当の修羅場をくぐっていた手練れの兵士であるとわかる。彼がこの隊の長であるのは間違いなかった。


「おまえたちはペテロの一行だな?」

 隊長が押し殺した声で問うてきた。その口調はすでにそう決めつけているようにしか感じられなかった。

 おどおどとした表情でナザリウスが振り向いて、無言で助けを求めてきた。

 ペテロは無言のまま巡礼の杖を手に荷台から降りると、隊長の前に進み出た。

「わたしがシモン=ペテロである」

「我々はティゲリヌス様の命令で、おまえを追ってきた」

 突然、スポルスがペテロの前に走り出てくると手を大きく広げて立ちふさがった。声を張りあげて隊長を威嚇する。

「おまえたち、下がりなさい。わたしをだれだと心得ておりますか」

 隊長が目の前のスポルスに、(さげす)むような視線をくれた。

「わかっております。ネロ皇帝陛下の正室、スポルス=サビナ様」

「わかっていながら、この非礼はどういうことです」

「私どもはスポルス様の件も、ティゲリヌス様から命をうけております」

 自分がペテロと行動をともにしていることを見抜かれていたことを言及されて、スポルスは一瞬怯んだような顔をしたが、顎をぐっとあげて気丈に振る舞った。

「連れ戻すつもりですか?。でも、わたしは帰るつもりはありません」

「はい。わたしどもも連れて帰るつもりはございません」


「皆殺しにせよとの命令です!」

 そう言うなり隊長が腰から剣を引き抜き、スポルスの首元めがけて刃をふるった。


 キンという耳を刺すような金属音がした。

 スポルスの首元を狙った刃は、髪の毛一本ほどの隙間で止まっていた。


 荷台のうえから日本刀を下弦の方向に構えて、剣をうけているセイがいた。

「ざんねーん」


 ペテロは見たこともない剣で、スポルスを救ったセイの姿に驚きを隠せなかった。彼は先ほどまであのような剣を持っていなかったはずだ。スポルスが未来からきた少年と語っていたのを、ペテロはあまり間に受けていなかったが、もしかしたら『神の使い』なのではないかと感じ始めていた。

 だとすれば、今、ここに帯同しているということは、なにかの思し召しなのかもしれないし、先ほどからセイが訴えかけていることは、なにかのお告げなのかもしれない。


 隊長が誰何(すいか)する。

「貴様、なにものだ?」

「べつに……。ま、しいて言えば、あんたらを退治する者ってとこかな」

「ほう。では退治してもらおうかな」

 そう言うなり、まわりを取り囲んでいた兵士たちが、一斉に襲いかかったきた。

「セイ!」

 スポルスが叫んだが、セイはそれを意に介することもなく、流れるような動きで、その兵士たちのあいだをすり抜けていった。

 それだけの動きに見えたが、半分の兵士がばたばたとその場に崩れ落ちた。

 ペテロは目を見張った。なにが起きたか、まったくわからなかった。ただ、敵兵の剣を()けているだけにしか見えなかった。

 ペテロはおもわずスポルスに目で問うた。スポルスはペテロに言った。

「ペテロ様、不思議でもなんでもありません。彼はあの無敗の剣闘士ケラドゥスと互角に戦った男ですし、一緒にきた友だちの女の子はライオンを素手で倒しましたもの」

「ライオン……を……?」


 驚きをあらわにしたペテロにむかって、スポルスはにっこり笑って言った。


「彼らは、神から遣わされた『使徒』なのかもしれません」


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