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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
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第35話 私も主の教えに導かれた者の一人だ

 マリアが目を醒ますと、目の前に薄ぼんやりとした人の顔が見えた。すぐにその上の天井に焦点があうと、ハッとしてマリアはがばっと跳ね起きた。

「おい、ここはどこだ?」

 かたわらにいた男に尋ねた。

「気づいたようだね……」

「だから、ここはどこだ、と聞いている!!」

 そう言いながらマリアは半身を起こしたまま、あたりを見回した。広々とした部屋だったが、その奥のほうに人々が固まって寄り添っている姿が目に入った。そこには、数人の成人男性に加えて、妙齢(みょうれい)の婦人、子供、赤ん坊を抱いた母親、老人まで、老若男女がそろっていた。

「牢屋かぁ!」

 マリアが叫んだ。叫んだ拍子にからだ中に痛みが走った。石畳の上に寝かされていたのだから、当然と言えば当然だったが、あのわかい兵士に蹴られた付近がことさら痛かった。 マリアが脇腹ちかくに手をあてたまま、うめき声をあげると、かたわらの男が言った。

「大丈夫かね?」

「あぁ。たぶん肋骨の二、三本にヒビでもいっているかもしれんが、まぁ、大丈夫だ」

 マリアはそう言いながら、自分にお節介をやいている男のほうを見た。

 剣闘士のチャンピオンのケラドゥスが、マリアを心配そうに覗き込んでいた。

「おいおい、あんた、確か、剣闘士のチャンピオンじゃなかったか?」

「あぁ。まあな……。あなたこそ、ライオンを一発で倒した……」

「マリアだ。オレはマリアだ。で、あんたが今度のオレの処刑係っていうわけか?。まぁ、ライオンよりマシだから、オレはありがたいがな……」

「いや、そうじゃない。わたしはもうチャンピオンではないんだ」

「ほう、ついにあんたの連勝記録がとまったか?」

「いや。ネロ暗殺の嫌疑をかけられてね。罪人として囚われている」

「そうなのか?。ならオレと目的はおなじだ」

「残念だがわたしはそうではない。ネロ暗殺を(はか)った、きみの友だちのセイに加担したと

疑われている」

 そう言われて、マリアは少々申し訳ない気分になった。

「そ、そうか……。それは申し訳なかった」

「いや、仕方がない。実際に加担したのだ」

 マリアは驚きのあまりケラドゥスの顔を見つめた。自分はセイとケラドゥスの戦いを真剣には観ていなかったが、エヴァの実況にあった、セイの不自然な行動の裏にはそのようなことがあったのかと合点した。

「なるほどな。セイの計画に乗ったというわけか……」

「あぁ……。ところで、セイはどこに?」

「こちらの世界には一緒に来た。だが、意見の相違でな。途中で分かれた」

「そうか……」

 ケラドゥスが落胆して口をつぐんだが、マリアには現在の自分の状況を把握しておく必要があった。

「ところで、チャンピオン。この人たちは?」

「ネロの命によって捕らえられたキリスト教徒たちだ」

 マリアはそれを聞いて途端に合点がいった。むしろすぐそこに考えがいたらなかったほうが、おかしいほどだ。

「なるほど、そうか。キリスト教徒ね……。だったら、あんたはなぜここにいる?、チャンピオン」

 ケラドゥスが少しはにかんだが、胸の前で十字を切ってから言った。

「私も主の教えに導かれた者の一人だ」


 そのとき、奥のほうから五歳くらいの幼い少女が、トコトコとこちらにむかってきて、マリアの目の前にパンの欠片(かけら)をさしだした。

「お姉ちゃん、はい。おなか空いたでしょ」

 一口で頬張れるほどの量だったが、マリアはすこしとまどいながら受け取った。

「これは?」

「だって、お姉ちゃん。お食事のときにいなかったし、怪我もしてるじゃない」

 少女はすこし照れくさそうに、ちいさな赤い髪飾りを手でいじりながら言った。

「それと……、えーっと……、イエス様はひとつしかないパンを分け与えられる人間になりなさいっておっしゃってるから……」

 マリアはにっこりと笑った。

「ありがとう。お嬢ちゃん、お名前は?」

「あたし、マリア。イエス様のお母様とおなじ名前なの」

 マリアは目をみひらいた。

「本当!。オレ……、いや、いえ、わたしもマリアって言うの!」

 今度は少女のほうが目をむく番だった。

「すごぉい。おんなじ名前なのね。あたしうれしい」

 マリアは心から喜んでいる少女の、頭を思わずなでて言った。

「よろしくね。リトル・マリア!」

「こっちこそ、よろしくね。マリアお姉ちゃん」

 リトル・マリアは満面の笑みを浮かべると、「ママーー」と声をあげながら、牢屋の奥のほうへ走っていき、母親の胸に飛び込んでいった。その幸せそうな表情を見ているだけでマリアは胸がいっぱいになる思いだった。

「だが、このパンは受け取れないな」

 マリアがゆっくりと立ちあがろうとすると、ケラドゥスが腕をつかんでひきとめた。

「マリアどの。そのパンを受け取ってもらえまいか」

「どうしてだ。オレは(ほどこ)しをうける……」

「あの子にとって、最後の良い行いなのだ」

「最後の?。どういう意味だ」

 ケラドゥスはマリアの耳元に顔を近づけて囁いた。


「あした、ここにいる教徒は処刑されることになっている」


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