第276話 切り裂きジャックを取り調べる
「レクミア、これをどう弁明するのかね?」
「いや、だってわたしはピックフォード社に勤めてるんですよ」
「ああ調べはついてる」
「こいつは商売道具ですよ。肉の解体をしてるんですから」
「ああ、そうだな。だが、おまえは肉用カートの運転手のはずだ。エプロンはしかたないとして、この大きな肉切り包丁はどう説明するかね?」
「刑事さん。カートの運転手だからって、肉を切ったりしないわけじゃないんです。腕のわるい職人も多くてね。搬送中にわたしのほうで、ちょちょっと形を整えたりするんです」
ウォルター・デューはため息をついた。もっともらしい言い訳に、言い負かされそうになっていると、自分でも気づいているようだった。デューはうしろを振り向くと、スピロのほうに目で合図した。
スピロはゆっくりと前に歩みでた。
「この女はだれなんです?」
「この事件の責任者だったアバーライン警部が依頼した『探偵』さんだ。今から彼女がおまえの取り調べをおこなう」
「レクミア様。あなたの供述にはおかしなことがあります」
スピロはレクミアの落ちくぼんだ目を覗き込むようにして言った。
「なにがだ」
相手が女性なのが気に入らないのか、レクミアの声色が強いものになった。
「あなたは警察の聴取に対して、ニコルズ嬢の死体と一緒にいたのは数分だった、と供述していますね」
「ああ、その通りだ。いつもどおり職場にむかってたら、あの死体を発見したんだ。驚いたから、すぐにちかくにいた、ロバート、ロバート・ポールに声をかけたよ」
「おかしいですね。わたくしたちはあなたの自宅から、職場までの経路を何度も検証したのですよ。すると数分、では計算が合わないのです」
「計算ってなんだ!」
「あなたの自宅からいつもどおり職場にむかっていたとしたら、あの犯行現場には10分も前に到着していることになるんですよ」
スピロはニコリともせず言った。
「あなたは10分ものあいだ、あなたはなにをしていたんでしょうか?」
「あ、いや、おぼえてないな。も、もしかしたら、うろたえて10分ものあいだ、死体と一緒にいたかもしれないな」
「それはないです」
「ない?」
「はい。あなたが慌てて呼んだという、第二発見者のロバート・ポール様の証言がそれを裏付けています」
「ロバートがなにを?」
「自分が死体を見たときには、首のまわりには血痕はなかったと証言されています」
「そ、そういうのならそうだろう」
「ですが、すぐあとに駆けつけた警官が遺体を確認した時には、首の回りには血溜まりができていたのです」
「そ、それがなんだと……」




