第268話 トライポッドを奪い取りましょう
「トライポッドを奪い取りましょう。奪い取って悪魔のトライポッドへ、こちらからレーザー攻撃をしかけましょう」
「奪い取る?」
マリアが眉をひそめた。
「なかにはタコみたいな怪物が乗ってンだろ。トライポッドを傷つけずに、どうやってそいつらを倒すンだ」
「簡単です。だってマリア様はすでに、搭乗している火星人を倒しているんですよ」
「そう言われても、オレはどうやって倒したか、覚えがねぇ」
「倒れたときの衝撃で爆発かなにかが起きたんじゃあありませんの?」
「エヴァ様、ちがいます」
スピロが余裕の笑みを浮かべた。
「おそらくマリア様が機体に穴を空けたから、火星人は死んだんです」
「なんだ、スピロ。それはどーいう意味だ」
「H・G・ウエルズ様の宇宙戦争のラストは実にあっけないものです。ロンドン中を焼き払い、世界中を恐怖のどん底に落とし込んだ火星人は、この地球上にあるウイルスによって、あっという間に死んでしまうのです」
「ウイルスだとぉ」
「つまり、この地球の大気にさらせばいいってことか」
セイは声をはじけさせた。
「その通りです」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て、スピロ」
マリアがあわててことばを制した。
「倒しかたはわかった。けど、トライポッドを奪い取るったって、なかにはタコみたいなヤツが死んでンだろ。どーやって操縦すんだ?」
「まぁ—— 蹴り出すなり、切り刻むなりしてください」
スピロが苦笑いをして言った。
「それが無理そうならタコの上にまたがって、操縦するしかないでしょう」
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セイはウエストミンスター橋を、ゆっくりと歩いていた。
ズボンのポケットに手をつっこんで、眼下のテムズ川をときおり覗き込みながら、対岸のビッグベンのほうへむかう。
橋の上は真っ暗で、ひとっこひとりいなかった。橋の終端には50メートルの怪物、トライポッドの親玉が陣取っているのだから当然だ。
橋の中腹まで行ったところで、はるかかなたから怒鳴り声が降り注いできた。
アロケルがやっとセイの姿を見つけたようだった。
なにを言っているのかわからない。
セイはわざとらしく、耳に手をあて、聞こえない、というジェスチャーをしてみせた。
その瞬間、トライポッドの目が光ったかと思うと、レーザービームが放たれた。
が、セイにあたる寸前で、なにかにぶつかってレーザーの光がふいに屈折した。
あらぬ方向へそれたビームが橋を直撃した。
ドーンという爆発音とともに、セイから離れた路面におおきな穴があいた。
その路面はしばらく耐えたが、すぐに崩壊しはじめ、重々しい水音を暗闇に響かせて、橋脚と橋脚のあいだの路面がまるごと落ちていった。




