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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
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第34話 あなたが関与したのってネロの母親の暗殺だけ?

 粘土を焼いて作られたローマンランプのまわりを数匹の蛾が舞っていた。ランプは油溜上面の天蓋のへこみに神像をおもわせる文様がレリーフのように刻まれていた。

「さぁ、どうされます。セネカさん」

 エヴァ・ガードナーはテーブルに両肘をついたまま、目の前の老人に尋ねた。テーブルを挟んで座るセネカは、ランプの弱々しくゆらぐ炎のなかで顔を苦悩でゆがませていた。 そこには、カリギュラ・クラウディウス・ネロと三代の皇帝に元老院議員として仕え、補充執政官(コンスル)まで登りつめた政治家としての顔も、ストア派の論客として人々に生き方を問うた哲学者としての顔も、数々の悲劇を執筆し、のちにシェークスピアに影響を与えた作家としての顔もなかった。


 そこにいるのは、ただの老いさらばえた老人だけだった。

 

 エヴァは老人の顔をつたう汗をぼんやりと見ながら、もう一度、訊いた。

「セネカさん、もう時間がないんですけどぉ……」

 セネカは突然エヴァのほうを向き直ると、どんとテーブルを叩いた。

「そなたは、私の……、このセネカの計画が失敗するというのか?」

「えぇ。残念ですけど、ネロを暗殺して、ガイウス・ピソを後継者に擁立(ようりつ)する、あなたの計画は直前に発覚します。今度はカリギュラ帝の暗殺のときのように、うまくはいかないんですよ」

「あれは……、あれはわたしではない……」

「うそぉ。だってあなた、一度、カリギュラ帝に処刑されそうになったでしょう。それを恨んで近衛隊(プラエトリアニ)を焚きつけたって噂……」

「だが、あれはわたしではないのだ!」

 どこからその声が奮いだせるのか、というほど力強い声でセネカが否定した。

「じゃあ、ネロの母親のアグリッピナ暗殺だけなの?。あなたが関与したのって……?」

 セネカのからだが小刻みに震えはじめた。まるでけいれんのような、自分ではどうしようもない顫動(せんどう)に筋肉を支配されているようだった。エヴァには、セネカがたちまちのうちに小さくしぼんでしまったように見えた。

 やがて、セネカが観念したように、脱力するとぼそりと訊いた。

「エヴァどの。そなたに問う。なぜ、どうして、この計画は発覚する?」

「共謀者のスカエヴィヌスの解放奴隷の密告によって……」

「それで…わたしは…、どうなる」

「ネロの命令で、自殺を強要されます……。でもなかなか死ねずに苦労しますわ」

「やめてくれ!。いきなり訪ねてきた見知らぬ少女から、そんな途方もないこと言われて、どうしてそんなこと信じられると?」

「えー、まだそんなこと言うんですか?。わたし、この計画のこと知ってたでしょ」

「あぁ……、あぁ、そうだとも。だからと言って……」

「もう。もう一度言いますわよ。この計画は、奴隷の密告によって発覚し、ピソはもちろんあなたをふくめて首謀者は全員処刑されます。そしてそのあとは粛正の嵐が吹き荒れます。ティゲリヌスによって、ペトロニウスをはじめとするあなたの友人や良識人が処刑されていくんです」

「やめて……くれ……」

 セネカは目元を手でふさいで、机のうえに突っ伏した。

「エヴァどの……。

 いや……、若者よ……、わたしは……、この老いぼれた哲学者はどうすれば……、どうすれば良いのだ……」

 

 エヴァは肘をついたまま、こちらにむけられたセネカの禿頭(とくとう)を見つめながら、にっこりと微笑んで言った。


「時をまたず、今すぐ反乱をおこしましょう」

 ローマンランプの炎が揺れ、天蓋のへこみに刻まれたレリーフに影を落とした。色濃く浮き出された文様は神像ではなく、敵の頭をもちあげる剣士の姿だった。



参考ホームページ ギャラリー アル・スィラージュ

http://orient-lamp.net/about

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