第260話 ワイルドとマシュー・バリーとの再会
「困ったねぇ。このままじゃあ、あたいらだけ置いてけぼりくっちまうよ」
ゾーイはセイとは反対側、テムズ川方面をみた。
マリアがエヴァの援軍を得たせいか、スピードアップしてずいぶん先へ行っているのがわかった。
「ネルさん、おまえさん、このあたりの抜け道知らないのかい?」
「わたしはイーストエンドの人間ですから、ウエストエンドはちょっと……」
ゾーイはどこか脇道がないか、きょろきょろとあたりを見回した。
「ゾーイ。ゾーイ・クロニスじゃないか。なぜここに? それにネル嬢もご一緒とは……」
ゾーイはその声に聞き覚えがあった。
「オスカー・ワイルドさん。あなたこそ、なぜここに?」
「ここのみんなとおなじだよ。逃げねば、あのモンスターに殺されてしまうだろう」
「トライポッドに?」
「トライポッド? あのモンスターはそういう名前なのかね?」
「ああ、そうさ。H・G・ウエルズさんがそう名付けたからね」
「ウエルズ。あのからだの弱い青年かね。なぜ彼があのモンスターを知って……」
そこまで言ったところで、ワイルドはすぐに真相がわかったようだった。
「まさか…… ウエルズが犠牲になったのかね。我が友エイブラハムに続いて……」
「ああ、そのまさかさ。ウエルズさんが悪魔に取り込まれて、あのトライポッドを産みだしたのさぁ」
「それは本当か? ゾーイくん」
ふいに背後から声が飛んできた。
ジェームス・マシュー・バリーだった。
「ウエルズくんはほんとうに悪魔の手にかかってしまったのかね」
「ええ、残念だけどね」
「ならば、次はぼくの番の可能性もあるというわけか……」
マシュー・バリーが沈欝な面持ちでそう言うと、ワイルドが彼の肩を叩いて続いた。
「あるいは、僕の可能性だってね」
「大丈夫ですよ」
ネルが明るく言った。
「悪魔がついに正体を現わしたんです。今、セイさんとマリアさんが追いかけてます」
そう言って、自分たちの両側で次々とあがる火の手を交互に見た。
「なんと、あれはセイくんたちだったのか」
「ああ。今まさにセイさんとマリアさんが、悪魔を追い詰めてるところさぁ。ただ、やっかいなことに、あたいの姉のスピロが捕まっちまっててね」
「人質にとられたのかい?」
「ああ。でもマシュー・バリーさん。心配には及ばないさぁ」
「心配ない? ゾーイくん、なぜそう言いきれる?」
ゾーイはふたたび陸上側であがった火の手に目をむけて言った。
「この惨憺たる状況をみりゃあ、あたいが悪魔だったら、最後の切り札に手をだそうだなんて、これっぽっちも思いもしやしないさぁ」




