第255話 スピロ、ロンドン観光を楽しむ
「すてきなロンドン観光ですね」
スピロはアロケルに聞こえるように声をあげた。
トライポッドの触手につかまれたままとはいえ、19世紀末のロンドンを高見から見下しているのだ。夜でなければもっとよく見えたのだろうが、これはこれで見ごたえのある夜景だった。なにせ何体ものトライポッドがテムズ川から上陸し、あたりをレーザービームを照射しているのだ。現代であれば、おおがかりなイベントに思えただろう。だが21世紀においても、ここまで壮観なものは見れるものではない。
トライポッドは金融街シティから、セントポール大聖堂とロンドン博物館のあいだを通り抜け、大英博物館を横目に見ながら、トラファルガー広場のほうへ抜けようとしていた。
おそらくこのままいけば、ビッグベンかウエストミンスター寺院…… いや、もしかしすると……
「アロケル様、行き先はバッキンガム宮殿ですか?」
かなりおおきな声で言ったつもりだったが、アロケルから返事は戻ってこなかった。
スピロは返事を期待していなかったので、とくにがっかりもしなかった、アロケルがすでに機嫌がわるいのは知っていたし、こちらの問いかけに応える余裕もないこともわかっていた。
すべてマリアのせいだった。
最初の異変は、ホワイトチャペル付近だった。
そこにいたトライポッドが、ふいに倒壊して爆発したのに、アロケルが気づいた。
「どういうことです? 一機爆破されました」
「アロケル様、どのあたりにいた機体ですか?」
「ホワイトチャペルですよ」
「ああ…… それならたぶん、マリア様のしわざですわ」
「マリア? あのチビがですか?」
「チビ? そうですわね。ですが、そういうところが、アロケル様、あなたが三流の悪魔の証拠ですわね」
「なんですってぇ、まだわたくしめを愚弄するのですか?」
「見た目でひとを判断するような人間は、低俗な輩と相場がきまっているのですよ。人間世界ではね。悪魔ごときが人間をそう決めつけるのなら、それは低俗どころではないってことです」
「ふん、悪魔はひとのこころの奥底の汚れた部分から産みだされるのです。つまりは人間そのものの醜さの象徴ですよ。人間ごときに説教される筋合いはありません」
「それはそうですね」
「はん。えらそう……」
そのとき、かなたで光が瞬いて、なにかが爆発する音が聞こえた。
「ど、どーーーいうことです? 今度はタワー・ブリッジにいたトライポッドがやられましたわ」
「ですから、アロケル様、先ほどから申しあげているではないですか、マリア様だと」
「そ、そんな、あんなチビが、わたくしめの究極兵器を……」
「究極兵器……ですか…… 失礼ですが、何機ほどご用意されたのです?」




