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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
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第31話 三人別々のやり方でネロを討てばいい

 スポルスは話を終えると、セイたちのほうを見回した。


「あの火事はネロがティゲリヌスに命じたものと、私は確信しています……。しかし、火事の責任を追求する声が高まると、ネロはキリスト教徒が火を放ったという噂を流させ、かたっぱしからキリスト教徒を逮捕したのです」

「だったら、その仇をとろうよ。キミにはそのチャンスがあるんだ」

 セイはスポルスの心変わりは、チャンスだと受け取った。ひとの哀しみにつけ込むようなのは後ろめたかったが、スポルスがその気にならなければ、なにもはじめられない。

「私はあの男への憎しみをとめられません。叔父のカリギュラ帝の狂った血を継いだためなのでしょうか。実の母親と2人の妻を殺し、ローマを焼き、そして、キリスト教徒を迫害しようとしている……。

 もう私は衣擦(きぬず)れの音を耳にするだけでも憎まずにはおれないのです」

「それでいいんだよ。憎しみを自分の手ではらすんだ」

「私は主の教えに救われました。主は、『汝の敵を愛せよ』とおっしゃられています。だから私はあの男を憎むことはできません。でも、同時に、あの男を許すことも私にはできないんです」

 セイは助けを求めるような目をマリアにむけた。

「マリア。スポルスを説得してくれないか?」

「セイ、すまねぇな。カトリック教徒としては『原理主義』だと言われようが、スポルスの心情を組みてぇ」

「エヴァ。きみからも……」とセイはエヴァに水をむけたが、その表情からは否定しか伝わってこなかった。それでも目をみて答えを待ち続けると、エヴァがようやく口をひらいた。

「セイさん、ごめんなさい。わたしの行為でスポルスが主の教えに目覚めたのですから、それを否定することはわたしにも……」


「こうなったら、オレたちみずからの手でネロを討つしかねぇだろ」

 マリアがやる気満々のポーズで、胸の前で手のひらと拳をパンと打ち合わせる。

「無理だ。マリア。スポルスがローマを離れたら、ボクらの力はたちまちうしなわれる」

「は、それはおまえのいい分だ、セイ。オレたちは以前からそんなこと気にしたこともない。子供のときからどれだけ修業したと思ってる?」

「スポルスが、スポルスの未練がぼくらの力の源なんだ。それがなければ……」

「セイ、任せろ。オレがなんとかしてみせる」

「マリア。よく聞いてくれ。叔父さんの仮説だと、ぼくらはスポルスから離れすぎると、現実の世界に戻る力も弱まる可能性があるって。いざというときに、ここから離脱できなくなるかもしれない」

「仮説の話だろうがぁ」

 マリアがセイを一喝した。いまのマリアはひとの意見を聞く耳を持つつもりはないらしい。セイはエヴァに助けを請うた。

「エヴァ。きみからもマリアに行ってくれないか」

「そうだ。エヴァ、おまえはどうする。オレかセイ、どちらについていく?」

 セイとおなじようにマリアも、エヴァを味方につけようとしてきた。だが、エヴァの回答はどちらにとっても、ちょっと意外だった。

「マリアさん、セイさん。ごめんなさい。わたし、ちょっと試したいことがあるの」

「おいおい、なにか企んでるのか?。キャラに合ってねぇぞ」

「わたしは、自分たちで手を下すのも、救護者に無理強いするのも、ちょっとちがう、って思ってるの。すくなくともわたしたちの『財団』のやり方じゃないわ」

「は、なにを考えているか知らねぇが、勝手にすればいい」

「ちょっと待って。ここでみんながバラバラになるのは危険だ」


 エヴァの提案はセイには受け入れられないものだった。彼女たちにそれぞれの組織のやり方があるのは心得ている。だが今、結束を乱していては、救える患者も救えない。セイはすこし焦りのようなものを感じていた。ひとりで、自分の身一つで潜っていたときには、感じたことがない気持ち……。セイはすこし語気を荒げて言った。

「ふたりとも、こんなときの『コーオペレイティブ・ダイバー』じゃないのか?」

「はん、都合のいいときだけ、それを持ち出すな」

「それはそうねぇ……。セイさん、こちらの事情も汲んでいただかないと……」

「きみたちの力はスポルスから離れると、ほとんどなくなる……」

「なんども言わせるな。セイ。オレは、『ダイバー・オブ・ゴッド』のやり方でやる。おまえは「ソウル・ダイバー」とかいう『厨二病』的なやり方に戻りゃいい」

「ええ、それがいいわ。では、わたしも『マインド・ダイバー』のメソッドを使わせていただこうかしら」

 セイは迷った。気づくとおもわず額に手をあてため息をついていた。この精神世界に潜るようになって、これほどの迷いが生じたことははじめてだった。

「わかった。ぼくはスポルスについていく。そしてかならずスポルスを説得して、ローマにもどってくる。だからそれまでふたりとも無事でいて……」

「案ずるな、セイ。その前にネロの首を刎ねて終わりにしてやるよ」

「そうですわね。わたしのほうはすぐとは言いませんが、もし計画がうまくいけば、あっと言う間に決着してしまうわ」

 マリアとエヴァがそれぞれ向かう方向に背をむけた。セイのなかにある不安はまだおさまりきれてなかったが、ふたりの不退転の思いを翻意できるとも思えなかった。

「じゃあ、マリア、エヴァ。気をつけて」

「あぁ。セイ、おまえもだ」

「ええ。セイさん、あなたも……」

 マリアは歩き出そうとして、ふと思い出したように言った。

「セイ。ペテロ様を頼んだぞ」

「そうですね。セイさん、ペテロ様をお守りください」

 ふたりともこちらに背をむけたままだったが、そこに後ろ髪をひかれるような未練があるように感じられた。


「ふたりとも、あの人に挨拶をしていったらどうなの?」


「バカか、てめぇは。カトリック教徒にとってあの人は伝説の人だ。あこがれが強すぎて、目もあわせられねぇーっていう女ごころもわかンねぇのか、セイ」

「まったく、セイさんは無粋ですわね。あのお方はわたしたちには、眩しすぎます。だからセイさんに『お守りください』とお願いしているんです」


 そう言い残すと、マリアとエヴァが歩き出した。セイをはさんで両方向にわかれていくふたりを交互に見ながらセイは不安を募らせた。


『ぼくがかならずスポルスを説得してみせる。だから二人とも、ボクが戻るまで無事でいて……』


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