第232話 地上でなにかがうごめいている
「セイさん、どうします? 降りたほうがいいですか、それとも……」
エヴァが上半身を乗り出して、困った顔を下にむけてきた。
「いや、この下を思いっきり照らしだしてみる」
セイはバイクにぶらさがっていた手を片方はなすと、空いたほうの手で光の玉を呼びだした。たちまち手のひらのうえに、サッカーボール大ほどのまばゆい光が浮かびあがる。セイはおおきさを確認すると、それを真上に放りあげた。
まるで花火のように、ひゅるひゅると音をたてて上空へ飛んで行くと、セイたちの数百メートル上で、カッと光った。一瞬であたり数百メートル四方が、真昼のように明るくなった。路地という路地が光にさらされる。
そこになにかがいた——
だが見えなかった。上空からの光をあびて、なにかの輪郭のようなものが浮かびあがったというだけだった。光の屈折率のちがいを吸収できなかった、とセイは理解した。
「透明人間です!!」
エヴァのほうが結論にたどり着くのが一瞬はやかった。
バイクを着地しようとした路地に、おびただしい数の透明人間がうごめいていた。狭い路地をほぼ埋め尽くしている。
すくなくともセイにはそう思えた。
「どうします?」
エヴァがセイの判断を仰いだ。すぐにスピロも続く。
「セイ様、もしかしたら先ほどのモーロックたちの透明人間かもしれません。うかつには近づけませんよ」
「厄介なコラボレーションだな。凶暴なのに、目に見えないなんて……」
そう言いながらも、セイは次の作戦を思いついていた。
「エヴァ、バイクを飛ばしているとこ、申し訳ないけど、下をマシンガンで掃討してくれるかい?」
「セイさん、いちいちエクスキューズは不要です。撃て、のひとことでいいです」
「だね。エヴァ、下の透明人間を殲滅してくれ」
「バイクを旋回させます。みんなしっかりつかまってください!」
エヴァはそう言い終わる前に、荒々しくハンドルをきって路地のほうへ向うと、バイクのヘッドを下方にむけた。
ガガガガガガガガガガガガガガガガ……
煌々と照らされた夜のウエストエンドの路地に、マシンガンから銃弾が吐き出される音が響き渡る。
血しぶき——?
それは黄色とも緑色ともつかない色合いで、どす黒く濁った液体だった。
なにもないはずの空間から、汚らしい色の血しぶきがあたり一面に飛び散りはじめた。
見えないなにかが倒れる、ぐちゃという生々しい音。セイの想像とはちがうなにかのようだった。
「セイ様。どうやらモーロックではなかったようですね」
「ああ、スピロ。なんだろ? おおきな軟体動物が倒れるような……」
「すくなくとも透明『人間』ではなかったようです。でもよかったです。ネル様が注意をくばってくださってなければ、わたくしたちは見えないモンスターのなかに飛び込んでいましたわ」
「え、えぇ…… すこしはお役にたてて、う、うれしいわ」




