第230話 今回の悪魔はしたたかですね
そのひとことで通りは一気に騒がしくなった。
「なんてことだ!」
「女性が殺されたって……まさか、例のレザー・エプロンの仕業じゃあ……」
「酔っぱらって寝てるだけじゃないのかね?」
エヴァはこの連中が何者か気になったので、スピロに小声で尋ねた。
「この方たちはどなたたちですの?」
「たしか、国際労働者教育クラブという組織の労働者です。祖国を迫害されて追放されたロシアやポーランド、ドイツのユダヤ人たちによる組織です。この事件の当日、土曜日の夜はこのクラブハウスで集会が開かれていて、討論会や勉強会をおこなっていたそうです」
「だれか警官を探してきていただけますか?」
スピロが叫ぶと、数人が目で示し合わせて、いくつかの方角へ走り出した。残った連中は興味深げにエリザベス・ストライドの死体を覗き込んでいる。
「さて、どうしたものでしょうか?」
スピロが意見を求めるような視線をエヴァのほうへむけた。
「今日はもうひとつ事件が起きるのでしょう? ここにいて警察を待っていても、仕方がないのではないですか?」
「そうですね。本来の事件よりも時間を早められているようですから、ことは急を要するといっていいかもしれません」
「じゃあ、次の事件もはやまるはずだ。急がないと」
セイがスピロを促すような口調で言うと、スピロがかるくうなずいた。
「ええ。わたくしたちは、ダブル・イベント、第四の事件でなんとか切り裂きジャックを捉えねばなりません。すぐにゾーイにテレパシーで現場にむかうよう指示します」
「待ってはいられませんわよ。わたしのバイクを使いましょう」
「はい。エヴァ様、よろしくお願いします」
エヴァはハンドルをひねると、バイクのヘッドを反対側にむけた。エリザベス・ストライドの死体を照らし出していたライトの灯がはずされて、死体を覗き込んでいた労働者のあいだから、不満の呻き声があがった。
エヴァはそんな声を無視するようにセイに言った。
「それにしても、今回の悪魔はしたたかですね。裏をかかれてばかりですわ」
「ああ、ほんとうに今回はうまくいかないことばかりだ」
「でもわたくしは腹立たしくは思っておりませんわ」
「思うようにいかないことだらけの事件くらい、やる気をかきたてられるものはないですからね【バスカヴィル家の犬】」
エヴァはハンドサインで、ネルに後部座席に座るように促しながらスピロに尋ねた。
「で、どちらへいけばいいの?」
「ウエストエンドです」




