第229話 第三の犠牲者 エリザベス・ストライド
エヴァはすぐにあたりを見回した。
もしかしたら、まだ切り裂きジャックがあたりに潜んでいるかもしれない、と思ったからだ。だが、それほど狭くもない通りにもかかわらず、あたりには、まったくひとけがなかった。バケモノに追われて逃げてきていた人も、ここには立ち入ってこなかったらしい。
まったく、犯行現場には邪魔をいれないようにしてたっていうわけですか……
「エヴァ様、ネル様!」
横たわった女性の様子を覗き込もうとした瞬間、背後から声をかけられてエヴァはびくりとからだを震わせた。
スピロだった。セイも横にいる。
「セイさん、スピロさん。残念ながら、遅かったようです」
エヴァがそう言うと、スピロが表情をかたくした。
「そんな! まだ犯行時間にはなってないはずです」
「時間をずらされたんだよ。スピロ」
スピロが倒れている女性のかたわらにひざまずくと、顔や傷口を覗き込みながら言った。
「まちがいありません。エリザベス・ストライド嬢です」
「咽喉を掻き切られていますが、それ以外に傷はなく着衣にもめだった乱れもない。まだ殺されてそんなに経っていない。史実通りです」
「そんなに時間が経っていない? まさか……」
エヴァはスピロのことばに、目を白黒させた。すぐにネルのほうをふりむいて叫ぶ。
「ネルさん! あなた、犯人を見たんじゃないですか!!」
「エヴァ様、どういうことです!」
「ネルさんが第一発見者なんです」
スピロの瞳孔がひらくのがわかった。
「ほ、ほんとうですか? ネル様、あなたはだれか……いえ、切り裂きジャックの姿を見たのではないですか?」
ネルはエヴァとスピロに立て続けに詰め寄られたせいか、顔が蒼ざめてみえた。
当然といえば当然だ。なにせ目の前に死にたての死体が転がっているのだ。
「あ、いえ……うしろ姿らしきものは見たのですが……顔とかは見てないので……」
「うしろ姿! どんな格好をしていました?」
「暗くてよくわからなかったですが、黒っぽい長いコートのようなものを羽織っていたような」
「そもそも、なぜ、この場所に?」
「スピロさん、わたし、必死に逃げてきたんです。ホワイトチャペルにモンスターが現われたものだから。スピロさんに第三の事件はバーナー・ストリートで起きるって聞いてたから、ここにくればだれかと落ち合えるんじゃないかって思って……」
「ネルさん、ずいぶん危険なことを!」
今度はセイが強い口調で言った。ネルはそれと同等の口調で返してきた。
「でも、あたしはここでは死なないんでしょう! もし切り裂きジャックにでっ食わしても、殺されないはずでしょ!」
「たしかによい判断です、ネル様。ここで殺されるのはこのエリザベス・ストライド嬢ですからね。ですが、巻き添えをくって、怪我をする可能性はありましたよ」
「ええ、まぁ……たしかに……そうですが……」
そのときクラブハウスのなかから、ぞろぞろと労働者たちがでてきて声をかけてきた。
「あんたら、なにを騒いでるんだ?」
時間はもう日をまたいでいるというのに、十人以上もの労働者が現われたのに、エヴァはおどろいたが、ネルはその連中にすがりつくようにして訴えた。
「そこで女性が死んでるんです」




